地方の衰退/石渡豊正(事務所だより2022年8月発行第65号掲載)

 日弁連は、2021年10月に「地方自治の充実により地域を再生し、誰もが安心して暮らせる社会の実現を求める決議」(日弁連ホームページ)(以下、「本件日弁連決議」と言います。)を発表しました。現代日本において地方の衰退が進む中、憲法等の観点からみた問題点やその改善策等について提言をまとめたものです。
 最近、上記決議が出された背景等について講演する機会があり、その背景事情等について少し勉強しましたので、その内容について紹介します。

 まず、地域衰退の現状についてです。既にマスコミ等においてこれまで様々な報道等がなされていますが、例えば、1998年から2018年までの20年間で病院数がゼロになった市町村は53、1996年から2016年までの20年間で医師数がゼロになった町村は21、2010年から2016年までの6年間で高等学校がゼロになった市町村は24(宮崎雅人(2021)「地域衰退」岩波新書)など、驚くべき内容です。
 日弁連の上記決議が採択された人権大会の基調報告書(日弁連ホームページ)では、貧困率(*1)について、岡山県では、1997年の11.5%から2012年には20.6%へと約2倍に上昇していることなどが紹介されています。

 憲法25条は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障しており、その具体化として生活保護法等が制定されていますが、生活保護法における最低生活費以下で生活している方が2割以上も存在するのです。また、病気等で治療を受けたくても容易にその機会が得られないという状況も、「健康」な「最低限度の生活」が保障されているのか疑問が生じます。
 教育を受ける権利(憲法26条)は、子どもが教育を受けて学習し、人間的に発達・成長している権利を中心に捉える見方が一般的とされていますが、遠距離を長時間かけて通学しなければ教育を受けられない状況が、子どもの学習権に与える影響も懸念されます。古い裁判例(名古屋高裁金沢支部決昭和51年6月18日・判例タイムズ342号181頁)では、小学校の統廃合により遠距離通学を余儀なくされる児童の保護者らが就学処分の執行停止を求めた事案において、「就学によって維持される人格形成上、教育上の良き諸条件を失うこと」は回復の困難な損害であると判断されたこともあります。
 「憲法における地方自治の在り方検討WT報告書」(平成29年11月 全国知事会総合戦略・政権評価特別委員会 憲法における地方自治の在り方検討WT)では、このまま地域衰退が進めば地域住民の幸福追求権(憲法13条)が実質的に失われるとの危機感から、地域住民には「生命、自由及び幸福を追求する権利」に基づいて地方自治に参画する権利を有している旨を憲法に明記すべきであるとの憲法改正草案が発表されるまでになっています。

 地域衰退の原因としては、人口減少、少子高齢化、地域産業の衰退、東京一極集中など様々な点が指摘されており(本件日弁連決議、前掲宮崎など)、複数の要因が相互に関連しているようで複雑です。
 ただ、地域衰退を押しとどめるための対策として、地域に新たな産業を興し、それまで地方から東京に一方的に流れていたお金を地方の中で循環させることが必要であることについては、大方の意見の一致が見られます(国の地方版総合戦略、本件日弁連決議、前掲宮崎)。

 では、どうすれば、地方でお金を循環させることのできる持続的な産業を興すことができるのでしょうか。
 この点、かつては、総合地域整備法(1987年5月)に基づくリゾート開発など国による政策誘導を伴う地方の開発が行われました。しかし、宮崎市の「シーガイア」を始め、国の政策誘導を伴うリゾート開発は10年程度で軒並み破綻し、残ったのは地方公共団体の深刻な財政難という結果でした。つまり、国の誘導によっては地域の実情と地域のニーズに適合する持続可能な産業をもたらさないのです。
 地域の実情や地域住民のニーズにあった持続可能な産業は、その地域の地方公共団体、企業、住民が主体とならなければ実現できません。この点については、本件決議の提案理由において、岡山県の西栗倉村など合併をせずに自らの意思と責任のもとに地方自治を運営する覚悟をもった自治体において、その取り組みが一定の成果をもたらしていることが紹介されています。

 実は「地域の住民が地域的な行政需要を自己の意思に基づき自己の責任において充足すること」というのは憲法92条の「地方自治の本旨」が意味する内容の一つとされています(もう一つは、団体自治=国から独立した団体を設け、この団体が自己の事務を自己の機関により自己の責任において処理すること)。地域の衰退に直面した我々には、憲法が定める地方自治の基本に立ち返ることが求められているようです。
 当事務所が所在する神奈川県も、2025年から人口減少局面に入ると推計されています(神奈川県の人口減少問題を考察する-コロナ禍も見据えて-・公益財団法人神奈川県地方自治研究センター)。現在は地方で生じている深刻な状況も、近い将来、全国共通の課題になりそうです。他人任せにせず、自分が住む町は自分達で作る、自ら町づくりに参画するという心構えと覚悟が必要な時代に突入したようです。

*1 ここでの「貧困率」は、総世帯のうち、最低生活費(生活保護基準)以下の収入しか得ていない世帯の割合のこと。人権大会の基調報告書によれば、その基準を下回る生活は決して許されないという意味が付与されるという。他方、相対的貧困率は、可処分所得を高い方から低い方へ並べ、その中央値の半分を下回る人の割合のこと。