労働法の意義を見つめ直す/嶋﨑量(事務所だより2019年8月発行第59号掲載)

 厚生労働省の「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」(鎌田耕一座長)は、2019年6月28日に「中間整理」を発表しました。ここでは、労働基準法上の労働者性が認められない者に対する労働政策上の保護の在り方を検討しており、個人事業主であって、労働者と類似した働き方をする者を中心に、保護のあり方を検討するとされています。
 古くから、運送業、エステ、保険外交員、建設作業員、集金人などは、個人事業主扱いとされる方が多く、問題となってきました。
 近時は、政府の兼業・副業の推進も相まって、インターネットを通じたクラウドワーカーなども拡がっています。ニュースに目を向けても、芸能人(多くは労働者ではない働き方とされている)について、トラブル等を契機に簡単に契約が打ち切られ、その契約形態が注目されています。

 労働基準法や労働契約法が適用される労働者は、簡単に解雇できず(解雇規制)、残業代も請求でき、有給休暇も付与され、最低賃金の適用もあります。
 こういった労働法が労働者に与える保護は、使用者と労働者とが合意しても適用を免れることはできない(強行法規)とされています。ですから、使用者と労働者との間で「個人事業主」である(=労働者ではない)と契約書などで定めても、それだけで使用者は、これら労働法の適用を排除できないのです。
 ここで重要なのは、労働者と個人事業主か否かの判別基準です(*1)。労働者か否かの判断については、契約の形式形態ではなく、指揮監督下の労働か否か、報酬の労務対償性があるか、事業者性の有無、専属性の程度などの事情を総合的に勘案して、個別事情毎にその実態で判断されます。
 ですから、現在、使用者から「個人事業主」であるとされて、労働法が適用されず働いている方でも、実際には労働者である方(=違法状態で働かされている方)も多数存在します。労働法の様々な規制を免れるため、個人事業主扱いにしてしまうというのは、原始的な労働法の脱法手法なのです。

 ですが、このように労働法の規制を免れさせると、その弊害は本人だけではなく、同業他社はもちろん、社会全体にも及びます。
 例えば、労働法は、公正な企業間競争を確保するという重要な意義があり、これが害されます。ある企業が労働法を守らぬために「個人事業主」であると脱法行為を行ったら、労働法の規制(例えば、残業代支払い義務)を免れて、長時間ただ働きさせることで利益を追求できてしまいます。これでは、ライバル企業(及びその取引先)が不公正な企業間競争を強いられてしまい、労働法の脱法行為によるしわ寄せは、当事者はもとより、ライバル企業を含む社会全体にも及ぶのです。
 労働法のもつ労働時間や解雇などの規制に対する脱法行為が社会全体に広がると、特定の個人・企業の範疇を超えて、社会全体に悪影響が及ぶことになり、企業の社会的な責任という観点からも大問題です。

 先日、健康機器メーカーが、社員の個人事業主化を進めているという記事(日経ビジネス)がSNSなどで注目されました。記事によれば、社員のうち希望者と会社との雇用関係を終了し、新たに会社と「業務委託契約」をむすび、社員の個人事業主化を進めるとのことでした。
 この報道のケースが脱法かどうかは詳しい実態を把握しなければ断定できませんが、会社が労働者の同意があることを利用して労働法の適用を免れるシステムを構築しているのは間違いないようです。このような対応を、先進的なビジネスモデルと持ち上げる風潮もありますが、これに対しては、企業の社会的な責任という観点からも、厳しい監視の目を向ける必要があるでしょう。
 視点を変えると、こういった社会の風潮は、私たちが改めて労働法がもつ意義を見つめ直す契機にもなるはずです。この風潮を、労働法がもつ意義を、私たちが深め、拡げていく契機にも活かしていきたいと思っています。

*1 労働基準法で労働者として保護されていない個人事業主であっても、労働組合法ではより広く労働者性が認められています。

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