労災が「自己責任」とされないように/小宮玲子(事務所だより2009年8月発行第39号掲載)

news0908_small Kさんは、業務用電化製品の訪問修理・メンテナンス業務に従事するサブカスタマエンジニア(サブコン)として働いていました。サブコンは、顧客に対する迅速な対応の名のもとに担当地域ごと一人ずつ24時間拘束されて働いていました。会社は、サブコンを会社に拘束して専属的に働かせていましたが、人件費削減のため、社員としては処遇せず、会社との間で「業務委託契約」を結ばせ、完全歩合制で支払いをおこなっていました。

  Kさんは、入社して7年目の平成13年、過労のため脳内出血で倒れました(当時55歳)。今でも半身麻痺、言語障害等の後遺症が残ったままです。
 会社はサブコンに関しては、労働時間管理は一切おこなわず、健康診断も受けさせず、経済面でも健康面でもサブコンの「自己責任」は徹底されていました。
 Kさんは、家族と支援者に支えられ、労災を申請しました。しかし本件では、会社との間で「業務委託契約」を結ばされ働いていたKさんの労働者性がまず認められるのか、そして本件のように、労働時間の管理・記録がまったくない場合、実労働時間をどうみるのかという問題がありました。同じような問題は、本件のように、形式上「業務委託」とされている場合のほか、「請負」とされている場合や、非正規社員、正社員の場合でも労働時間管理がまったくおこなわれていない同様の事案でも多く見られます。

 本件では、Kさんたちサブコンが、会社専属として働かされるほか毎朝出社して日々の修理の報告を上げさせられるなどしていた実態から、労基署も労働者性は認めざるを得ませんでした。また、幸いにも、Kさんが残していた日々の修理日報などの資料が残っていたので、労基署もそれを利用してKさんの実労働時間の再現を試みました。

 しかし、労基署の調査結果は、不当に短く算出された「修理所要時間」「移動所要時間」「事務作業所要時間」の機械的な「足し算」にとどまり、ゴールデンウィーク明けから夏場にかかる繁忙期の平日においてなぜか午後早い時間に終業・帰宅となるというような不自然きわまりない自らの推計結果を何ら見直すこともありませんでした。そして、労基署は、推計した実動労働時間の結果、Kさんが過重な業務に従事していたとはいえないとして、労災不支給の決定を出しました。労基署には、休日もろくにとれず24時間拘束で働かされていたサブコンの労働実態への理解が欠如していたと言わざるをえません。

 Kさんは、労災不支給の決定を不服として裁判をおこしました。裁判では、Kさんの家族と元同僚のサブコンの人たちが口をそろえて日々訪問修理に追われて働くサブコンの過酷な労働実態を証言しました。裁判所は、労基署の推計は過小に過ぎ、Kさんの労働実態を反映していないものと判断し、判決では、労基署が出した推計結果に上積みする形で実労働時間を算出し、その結果、発症前3か月で月130時間、6か月平均月108時間の時間外労働があったものと認定し、さらに実際はこの推計以上の実労働時間があったものとうかがわれる、としました。

 Kさんとその家族にとっては本当に喜びの判決でした。しかし、判決で救われたとはいっても、被災から判決まで8年も待たされたKさんたちの苦労や不安を思うと、悔しさは薄れません。被災当時、園児だったKさんの娘さんは今では中学生です。そもそも、労基署の調査においても、Kさんの家族や同僚サブコンの聴取内容などを見れば、労働時間の推計結果を見直すとともにKさんの業務過重性を評価し、労災支給の決定を出すことは十分可能だったのです。労災支給の有無で本人と家族の人生が大きく左右されるのは紛れもない事実で、労基署には、一人の労働者の人生の重さ、そして責任の重さを感じてほしいと強く思います。
 そして、「自己責任」で労働者を働かせ、利益を上げようとしている会社の責任と、それを放任・容認している社会と国の責任の重大さについては言うまでもありません。