育児と両立可能な働き方を可能とする労働法/嶋﨑量(事務所だより2023年8月発行第67号掲載)

 岸田首相が「異次元の少子化対策」を掲げるなど、経済の成長力や社会保障制度の安定性の面からも、少子化対策が大きな政治課題となっています。
 これまで長年にわたり実効的な対策が取られなかったのであり、今さら感の漂う政治課題ではありますが、今からでも取り組むべき重要な政治課題であることは間違いありません。

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 2023年6月19日には、厚生労働省の「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」で報告書(*1)がとりまとめられ公表されました。今後、ここで示された報告書を踏まえつつ、具体的な労働法制の対策が労働政策審議会雇用環境・均等分科会で検討されるとされています。
 少子化対策は、何も労働法制だけで実現できる課題ではありませんが、日本社会に蔓延する働き方(とりわけ長時間労働や配置転換の問題)が、とくに女性労働者と育児との両立を困難にさせており、少子化を招く大きな要因であったことは間違いないでしょう。この研究会でも、性別を問わず、仕事と育児を両立したいという希望を適え、安心して働き続けることができる環境を整備するという目的のもとで開催されています。
 この報告書では、若い世代を中心に夫婦で育児・家事を分担することが自然であるという考え方が拡がっていることを踏まえて、男女問わず職場全体の長時間労働是正、性別を問わない休業や短時間勤務などを気兼ねなく使えるような育児期の支援などが挙げられており、評価できる点も多いです。

 とはいえ、いくつも不十分であること、欠落している視点もあります。
 たとえば、仕事と子育てとの両立を可能とするには、より厳格な労働時間を規制する法制度が必要です。具体的には、子育ては年中無休ですから、1日単位で生活時間が確保されるように現行法にはない1日単位での残業上限時間の法的規制や、生活時間を確保するための勤務間インターバル制度の法的義務化など、労働時間の規制についても不十分です。子育てをしながらの就労継続が困難な職場環境のため、現在も子育てのため職場を離れる労働者(特に女性)が多く、他方で、子育てとの両立困難さから出産を躊躇う夫婦も多いです。

 この労働時間規制の点とは別に、私がこの報告書において最も気になったのは、配置転換に対する規制について、一切指摘がないことです。
 現在も、育児介護休業法26条は「労働者の配置に関する配慮」として、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と定めており、転居を伴う配転命令に際して、使用者は労働者の育児状況に「配慮」する義務があるとはされています。
 とはいえ、この「配慮」義務の規定は効力が弱く、実務上は殆ど機能をしていません。少なくとも育児をする労働者については、より厳格な法的規制を導入すべきでしょう。

 現状の法制度下では、男女問わず、子育てと両立困難な転勤がだされ、夫婦一方が離職を強いられるケースは枚挙にいとまがありません(*2)。現在では、共働きが当たり前の働き方になって久しいのに、未だに、男性稼ぎ手・女性専業主婦モデルを基本とするような労働法制なのが現状であり、家族での転居や単身赴任を当然の前提として、子育て世代の労働者にも遠隔地配転が無法図に行われており、これが仕事と子育てとの両立を困難とする大きな要因となっていると思います。
 とくに、コロナ禍で大きく拡がったテレワークの進展や、Web活用による職場内外の会議等の拡大を踏まえると、これまでのように、転居を伴う配置転換がどこまで必要なのか、現代的な視点で検討がなされるべきでしょう。
 報告書は、育児との両立支援のためテレワークを事業主の努力義務とすることを指摘するなど、テレワークの活用促進を繰り返し指摘しています。そうであれば、多くの職場でテレワークが活用できるようになった現在、配置転換を必要とする使用者側のニーズも薄まり、家庭生活との両立を不可能とするような遠隔地への配置転換自体、より厳格に規制することも許されるように、社会的な基盤が変化しているといえるでしょう。

 未だに使用者に配置転換に関する大きな裁量を残したがる経済界・労務管理側の本音には、労働者の職場への忠誠心・献身性を図るような、悪しき伝統が見え隠れします。現在の経営陣は、自分達の世代が体験してきた苦労が美談・良き経験として、次世代にも引き継がせるべきという感覚もあるのかもしれませんが、本当にそのような効果があるのか、検証も必要でしょう。若い世代には受け入れがたい感覚の労務管理の施策を続けていて、人手不足の中、今後も良い人材が集まるのかという視点も重要でしょう。
 私は、こういった配置転換に関する日本の古い職場の風土を断ち切ることこそが、少子化対策という視点を超え、日本の社会・経済を豊かにすることにつながるのではないかと思います。

*1 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33678.html
*2 JILPTが行った「企業の転勤の実態に関する調査」(2017年10月発表)86頁では、転勤後に配偶者がそれまでの勤め先を辞めた割合が、国内転勤については27.4%、海外転勤にいたっては49.3%にも上るという結果があります。