黙秘/山岡遥平(事務所だより2019年1月発行第58号掲載)

 皆さんは、刑事事件の被疑者・被告人の黙秘について、どうお考えでしょうか。

 真実を語らないなんてけしからん、反省していない、しゃべらないのは疚しいことがあるからに違いない、そう思われる方もいらっしゃるかと思います。私も、弁護士でなかったらそう考えていたかもしれません。

 黙秘が理解を得にくい背景には、やはり、刑事事件という、社会的な「悪」やひずみが顕在化した刑事事件における、「悪」と名指された側の防御手段であるということがあるでしょう。しかし、再審請求がされた袴田事件のように、本当ではない自白をしてしまうこともあるのです。

 往々にして、捜査機関の想定と被疑者・被告人の主張が異なることがあります。そのような場合、本当はやっていないことでも、逮捕が最大72時間、勾留が20日間の合計23日間も身体拘束され、外の人と話す機会も制限され、不自由な生活を強いられた上で取り調べを受けた場合、話してしまうことがあります。
 被疑者は早く自由になりたい、楽になりたいという思いで話してしまうのです(その期待は殆どの場合裏切られますが)。また、記憶が不正確でも、「こんなこともあったかもしれない」という程度の内容が、確定的に「こういうことがあった」と調書にとられ、閉鎖空間の中で同様の内容を語らされ、読み聞かされるうちに記憶自体が変わってしまうこともありえます。

 人間の記憶は曖昧なもので、細部は変わりやすいですし、後で補完してしまうこともあります。そのような、記憶による証拠集めに偏重させないように黙秘権があり、この黙秘権は、被疑者・被告人が、自身のやっていないところまで有罪にされないためのツールとして非常に重要なのです。
 自身の行っていない行為によって有罪になることを防ぐため、黙秘権があります。一度黙る、と決めてしまえば、余分なことを話すことはなくなりますので、やっていないこともやったと書かれた調書を取られる危険がなくなります。

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 しかし、身体拘束を受けている被疑者・被告人は閉鎖空間にいるため、黙秘を貫くのも辛く、困難ですから、捜査機関によって黙秘権は脅威にさらされます。

 自白は強力な証拠です。通常、自身に不利益なことは言わないということから、有罪にする有力な証拠とされるのです。そのため、捜査機関は自白を獲得しようとします。
 そのために、被疑者・被告人がおかれた状況をいわば利用し、捜査機関は黙秘を破ろうとしてくるのです。

①黙秘を指示されることがないようにした例

 そもそも黙秘等を指示されないように、意図的に弁護人が付かないような身体拘束を選ぶ(現在は勾留されれば全件国選の対象なのでそのようなことは発生しにくい)ことすらあります。ある事件で私が国選弁護人に選任され、警察署で接見して、「いつからここにいるんですか」と聞くと、なんと40日前からいる、と言われたこともあります。捜査機関は、当時国選の対象ではなかった事件を理由にして逮捕、勾留、再逮捕、勾留を行っていて、3件目で初めて国選対象事件の逮捕を行ったのです。その間、被疑者は、弁護人なしで取り調べを受け続けることになりました。

②黙秘権行使をためらわせる取り調べを検察官が行った例

 また、別件では、事実とそうでないことの区別がやや正確ではない被疑者だったため黙秘を指示し、最後に黙秘を解除させたところ、なぜ黙秘をしていたのか、という内容の調書がとられていました。このケースでは、再逮捕が想定されていたため、次の事件以降で黙秘権の行使をためらわせるようにしたのです。

③公判後に検察官が黙秘権を軽視した発言を行った例

 さらに別件では、取り調べで黙秘を貫いていた被告人に対し、検察官が、なんと公判が終わった後に、法廷内で「最初からしゃべればいいのに」など被告人に話しかけていて、検察官の黙秘に対する考え方が鮮明に表れています。

 このように、黙秘権は捜査機関から挑戦を受けます。しかし、一部悪いことをしたからといって、やっていないことを理由に罰せられることはあってはなりません。

 皆さんも、報道に接するとき、「本当にここまでやったのか」という疑いを念頭に置いていただき、黙秘している場合もご理解いただければと思います。本当は行っていない行為についても捜査を受けていて、話していない場合もあるのです。

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