入管法改正 国会審議から考える/鵜飼良昭(事務所だより2019年1月発行第58号掲載)

入管法案の強行採決

 昨年末の臨時国会ではいくつかの重要法案が十分な議論なしに成立したが、中でも出入国管理法改正は酷いものであった。
 この法案は新たな在留資格(特定技能1号と特定技能2号)を設けて外国人労働者の受入れを拡大しようとするもので、従来の政策の大転換であったが、内容のほとんどを省令等に委任し本質の審議が深まらないまま強行採決された。 私が特に驚き呆れたのは、このような重要法案を、その前提である外国人技能実習制度の実態検証すらもスルーして、短時間で強引に成立させた安倍政権の姿勢である。安倍首相は、外遊から帰国した身内の会合で、「時差が激しく残っている中において、明日は法務委員会に2時間出て、ややこしい質問を受ける」と笑いを誘った(12月5日)。翌6日の参院法務委員会では、この3年間で69人死亡という法務省の資料やベトナム人実習生の遺書にもとづいた「日本を本当に愛してやって来たのに、差別され、虐待され、蹴られ、殴られ、自殺をした。そういう人が一杯いるのに、これをどのように総括して、新しい制度に入って行かれるのか」という質問に、安倍首相は、「亡くなられた例については、私は今ここで初めてお伺いをしたわけで。ですから、私は答えようがないわけでありまして」と答弁を拒否し、さらに「自殺・凍死・溺死、溺死はこの3年間で7人です」の質問にも、「私、その表も見ておりませんから、お答えのしようがないわけですが、法務省においても、もしそれが異常な数値であれば、当然それは、どうしてそうなったかということは、対応していくことになるんだろう」と法務省に丸投げして自らの答弁を逃げた。これは行政府の長(時に立法府の長とも誤認する)である安倍首相として自らの矜持すら投げ捨てる無責任で主権者を愚弄する態度であった。そして2019年4月施行に固執し、12月8日未明の審理打切り、強行採決に至ったのである。

外国人技能実習生の驚くべき実態

 臨時国会閉会後、12月13日に開かれた法務省と野党のヒアリングで、外国人技能実習生の酷い実態がさらに明らかとなった。死者は2010年からの8年間で少なくとも174人、実にその中の118人(68%)が未だ20代の若者であった。また死因たるや、溺死が25人、自殺が12人、凍死が1人!!一体彼・彼女たちはどういう環境や条件の下での労働や生活を強いられていたのだろうか?

 さらにくも膜下出血や急性心筋梗塞など脳・心臓疾患による死亡が少なくとも35人、うち10代が1人、20代が22人、30代が12人。日本国際研修協力機構(JITCO)の資料でも、2015~17年度で死亡した外国人技能実習生88人のうち、脳・心臓疾患による死亡が23.3%と、作業中の事故死20%を上回った。およそ、10代20代の頑健な若者(制度上、健康診断で健康で治療に必要な持病がなく、高い研修意欲等を有することなどが実習生の要件)が、普通の条件下でこのような疾病で死亡することなどあり得ようか?よほどの劣悪で過酷な就労環境・労働条件であったことが推測される。また、2017年でも実に年間7000人を超える失踪者が出ており、法務省はそのうち2892人に事情聴取をしていた。安倍政権は、当初国会議員にこの聴取票の開示すら拒否した。ようやく開示を認めたがコピーは許さず、野党議員は手分けして書き写したという。自らに不都合なものは隠し通そうとするこの政権の体質がここにも表れている。野党調査の結果、その67%に当たる1939人が最低賃金以下、平均月収は約10万8000円!さらに月の残業時間が「過労死ライン」80時間超が292人(10%)、また受け入れ側の暴力やセクハラ、イジメなどによって失踪したとの回答が7割超!であることが分かった。

入管法改正の問題の本質と危険性

 わずか38時間の短い審議によっても法改正の問題が浮かび上がった。.法務大臣は、法改正を急ぐ理由として「半年後には何万人という実習生が帰国してしまうから」と答弁した。このように、この法改正は、労働力不足の中、実習生をさらに5年間働かせることを主たる狙いとしている。新制度は、技能実習制度を前提としその延長線上にある。実習生は、新制度の特定技能1号になるために必須とされる日本語や技能試験が免除され、初年度で実習生の約5割、業種によってはほぼ全員が移行すると試算されている。だからこそ新制度をスタートさせるには、技能実習制度の実態調査、その問題や原因究明、解決策などの本質審議が求められていた。

 12月5日の参院法務委員会で斉藤善久参考人(神戸大准教授、1年間ベトナムで調査)は、技能実習生の低賃金や人権侵害の原因として、①民間管理団体・ブローカーによるピンハネ、②転居・転職・アルバイト禁止による自由の剥奪、を上げた。そして7000人を超す失踪者の背後に、低劣な労働条件や労働環境、人権侵害のハラスメントに苦しめられても、多額の借金を抱え失踪・不法就労による帰国強制の威嚇の下で、職場を去ることもできず忍従し呻吟している数多くの実習生がいることを陳述した。そして今改正により、管理支援団体が登録支援団体に移行し、許可制が届出制になり非営利が外されることで、大手民間人材ビジネス(あの安倍政権のブレーン竹中会長のパソナなどがすぐ思い浮かぶ。筆者注)の参入が予定され、さらなる搾取が行われると警鐘を鳴らした。
 また髙谷幸阪大准教授(移住者と連帯するNPOの理事)は、家族の帯同はおろか定住すら許さず上限5年で帰国を強制する技能実習生、それを引き継ぐ特定技能1号の外国人労働者は、期間を限った労働力としか扱われない。そのためその人間らしく生きる権利は何の支援もなく切り捨てられるとして、妊娠し中絶か帰国が強制された事例を上げながら訴えた。そして、彼・彼女らがいなければ成り立たない地場産業の支え手となっているのに、その生活者としての存在が無視され地域からは見えない他者とされている(地域の人と話すなと禁止された事例)、日本には統合政策がなく多くの外国人労働者が権利の制限、差別、格差の中で苦しめられている、日本の社会には、すでに多くの外国人や外国にルーツを持つ人たちが存在し共に社会を支えているのに「一体何から目を背け、何を隠そうとしているのか?」、今こそ、外国人住民基本法や差別禁止法などのインフラを整え、多文化共生社会の土台作りのための国会審議を進めるべきではないか、と提言した。

 この二人の若い研究者の言葉は、首相の「寄り添う」といった空疎な言葉ではない。厳しい現実の中にいる外国人労働者とともに、同じ人間としての共感に支えられた日々の実践を踏まえた貴重な意見であり提言であった。しかし、見たくないものは見ないという「信条」の首相には所詮通じる筈もなかったのだろう。翌日の委員会審議で、首相は真実から逃げ回る情けない姿を国民の前に曝したのである。

外国人労働者問題が提起するもの

 今回の国会審議で、外国人労働者が制度の建前と実態との狭間で無法・無権利状態にある事実の一端が明らかとなった。人権保障法は、人種・国籍・在留資格等に関係なく全ての人間に等しく適用されるのが原則であり、特に労働法はそうである。
 国際労働機関(ILO)は、世界が初めて経験した大戦争の惨禍を目の前にして、戦争の根を絶ち世界平和を実現するには、世界中の社会不安の元となるような不正、困苦、窮乏をもたらす労働条件を改善することが急務として、第一次世界大戦直後の1919年に創設された。そして第二次世界大戦中の1944年に次のようなフィラデルフィア宣言を採択しILOの基本指針を世界に示した。

○労働は商品ではない。
○一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である。
○全ての人間は、人種、信条又は性に関わりなく、自由及び尊厳並びに経済的保障及び機会均等の条件において、物質的福祉及び精神的発展を追求する権利を持つ。

 ところが戦後日本の外国人労働者受入政策は、法務省の出入国管理政策に専管され、労働政策は出番が与えられてこなかった。しかし、今や外国人労働者の受入れなしにこの社会の持続が困難であることは共通の理解となりつつある。その意味で今回は、日本が多文化共生社会となるための土台作りにむけて、社会的議論を巻き起こしコンセンサス形成をはかる貴重なチャンスであった。しかし安倍政権は、本質の議論を避け、徒に分断と対立を煽り問題を先送りにするだけであった。この社会にまだ牢固としてある鎖国意識から脱皮し、社会の構成員がこの問題を自らのものとして深く考え成長していくというチャンスを、みすみす逃がしたのである。

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 労働弁護団は、97年にイギリス調査を行ったが、イギリスではすでに65年に人種関係法を制定し、国連の人種差別撤廃条約を批准する第一グループとなっていた。また、76年には人種平等委員会が設置され、差別についての公式調査、訴訟の提起、個人への援助等の活動を通じて、差別の撤廃・個人救済の取組みを進めていた。この問題の調査を主導しレポートを書いた坂本孝夫さんは、この分野のパイオニアとして現在まで調査実践を続けている。率直にいって私は、この時坂本さんの問題意識を自分のものとして受け止めることができなかった。そういう意味で、私も安倍首相と五十歩百歩であり、偉そうなことをいう資格はない。しかし現在、各地の実践の中から若い優秀な研究者も輩出され外国人労働者弁護団も結成されている。近い将来この問題が改めて政治的イシューとして提起されることを心から期待したい。