労働問題>労働条件(解説3)

  労働条件切り下げへの同意を迫られたら

弁護士 大塚達生


1 同意する義務はありません
2 不本意な同意をしてしまったら


1 同意する義務はありません

 就業規則の変更という方法を使わずに、使用者が労働者の労働条件を切り下げるために、個々の労働者に同意を求めることがあります。(注1)

 切り下げ後の労働条件が、就業規則で定める基準を下回る場合は、仮に同意をしても、切り下げは就業規則違反で無効となり、無効となった部分は、就業規則で定める基準によることとなります(労働基準法93条、労働契約法12条)。

 しかし、切り下げ後の労働条件が、就業規則で定める基準を下回らない場合は、切り下げに同意してしまうと、有効な切り下げになってしまいます。(注1)

 したがって、労働者としては、同意するかどうかは重大な問題です。

 切り下げに納得できない労働者は、どうすればよいでしょうか。

 このような場合の原則ですが、労働者には同意する義務はありません。
 同意するかどうかは、理由に関係なく、労働者の自由です。

 使用者のなかには、賃下げなどの労働条件切り下げに同意するか、退職するかのどちらかであるとして、労働者に選択を迫る者もいます。
 しかし、労働者には、このような二者択一に応じる義務もありません。
 どちらにも同意しないという第三の選択肢があるのです。

 また、同意するかどうかについて使用者から回答を迫られた場合でも、労働者には、直ぐに回答する義務はありません。

 労働条件の切り下げに応じるかどうかは労働者にとって重要な問題ですので、一旦持ち帰って、信頼できる人に相談するなどし、じっくり検討した上で回答すればよいのです。

2 不本意な同意をしてしまったら

 では、もし不本意な同意をしてしまったら、どうしたらよいでしょうか。

 同意した後によく考えてみたら納得がいかないという程度では、一旦した同意の効力を否定するのは難しいです。

 しかし、民法には、一旦した意思表示を無効にしたり、取り消したりするための規定があります。 

 無効に関する規定としては、①意思表示が表意者の真意ではないこと(心裡留保といいます)について、相手方が知り又は知ることができたときは、その意思表示を無効とする規定(民法93条)、②相手方と通じてした虚偽の意思表示(通謀虚偽表示といいます)を無効とする規定(民法94条)があります。(注2)

 取り消しに関する規定としては、①錯誤に基づく場合は取り消せるとした規定(民法95条)、②詐欺または強迫による場合は取り消せるとした規定(民法96条)があります。(注3)

 同意したときの状況が、これらの規定にいう「心裡留保」、「通謀虚偽表示」、「錯誤」、「詐欺」、「強迫」のどれかに該当する場合は、同意の意思表示の無効または取消を主張することができます。

 例えば、重要な点を誤解して同意してしまった場合、「錯誤」があったとして、同意を取り消せる可能性があります。

 欺されて同意してしまった場合や、おどかされて同意してしまった場合には、「詐欺又は強迫による意思表示」であるとして、同意を取り消せる可能性があります。

 なお、無効や取消を主張する場合は、使用者にそのことを早く通知する必要があります。
 何も通知せずに放置すると、同意を前提にした既成事実が作られてしまい、労働者が追認したといわれて、同意は無効であるといえなくなったり、同意を取り消せなくなることがあります。

 果たして無効といえるのか、取り消せるのかと悩んだ場合、相談できる労働組合がある場合はその労働組合に相談してみましょう。
 労働者からの相談を受け付けている行政機関に相談してもよいですし、当事務所の弁護士のように労使紛争を労働者側に立って取り扱っている弁護士に相談してみるのもよいでしょう。(注4)


注1 合意による労働条件変更

労働契約法8条
 「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」

注2 民法93条・94条

民法93条(心裡留保)
 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
2 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

民法94条(虚偽表示)
 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

注3 民法95条・96条

民法95条(錯誤)
 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

民法96条(詐欺又は強迫)
 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

注4 労働者からの相談を受け付けている行政機関 

 神奈川県には、県が運営している「かながわ労働センター」があります。
 http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f4083/

 東京都には、都が運営している「東京都労働相談情報センター」があります。
 http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/sodan/rodosodan/