痴漢冤罪事件の刑事弁護
弁護士嶋﨑量
1 はじめに
一般に痴漢事件といわれる犯罪は、都道府県条例違反または刑法の定める強制わいせつ罪に該当します。痴漢は被害者に大きな心の傷を与え、許されるものではありませんが、他方で、混雑した通勤列車内などで痴漢だとして間違って逮捕されることも生じています。
痴漢をしていないのにしたという嫌疑をかけられる痴漢冤罪(えんざい)事件の特徴は、社会的地位や名誉を人質に取られての戦いになることです。痴漢という社会的に不名誉なわいせつ犯罪の嫌疑をかけられることで、ご自身はもとより、ご家族など周囲の方も大きな精神的ショックを受けることになります。
特に、犯罪行為を争った場合(否認事件)には、事件が報道されることもあります。報道がなされた場合または報道を予期して、不名誉な報道がなされて今後の職業生活の継続が難しくなるのではないか(=収入の断絶)、子供の学校やご近所づきあいも含めた地域での生活や(家族も含め)職場での人間関係など様々な悪影響を考えてしまい、多くの方は冷静な判断が難しくなるのです。
また、痴漢冤罪事件においては、とりわけ初期の弁護活動が重要です。逮捕・勾留により身柄拘束された場合、ご本人もご家族も、いつまで身柄拘束が続くのか、その間職場にはどのように報告すれば良いのか、罪を認めたら解放されるのであれば早く罪を認めてしまった方が良いのか、そういった疑問にぶつかることになります。
2 痴漢事件における手続の流れ
痴漢と疑われて逮捕された場合の刑事手続の流れを、大枠で説明します。
(1) 逮捕(最大48時間)
罪を犯したと疑われている人(「被疑者」といいます)の身柄を捜査機関が確保することをいいます。
逮捕されると、最大48時間、警察において取り調べと、被疑者の手に被害者とされる人の衣類の繊維が付着していないかを調べる繊維鑑定なども行われます。逮捕後は、検察官へ事件送致されるケースと、そのまま釈放されるケースがあります。
*特殊なケースとして、検察官が逮捕する場合もあります。
*痴漢を疑われて警察署へ同行(任意同行)を求められた場合であっても、逮捕されず釈放されるケースもあります。
(2) 検察官へ事件送致(最大24時間)
検察官は、警察から事件が送致されてから原則として最大24時間以内に(かつ、逮捕時から72時間以内に)裁判官に勾留を請求しない限り、被疑者を釈放しなければなりません。
(3) 被疑者勾留(原則10日間、最大20日間)→ 起訴または不起訴
検察官から勾留の請求を受けた裁判官が勾留状を発すると(勾留の理由がないと裁判官が認めるときは、勾留状を発しないで、被疑者の釈放が命じられます)、被疑者の勾留が行われますが、検察官が勾留の請求をした日から10日以内に起訴しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければなりません。ただし、裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、勾留の期間を最大10日間延長することができます。
したがって、検察官は、この勾留期間内に事件を起訴または不起訴にするか、処分保留のまま釈放するか、いずれかの判断を行います。
処分保留のまま釈放された場合は、いずれ不起訴処分となる事案が多いですが、事案によっては在宅事件に切り替えて起訴される場合もあります。
初犯・条例違反の痴漢事件の場合は、被疑者が罪を認めている事案では、起訴される場合であっても、略式手続で終了するケース(起訴後に公判手続を経ることなく、非公開で罰金などを科す刑事手続のこと)がほとんどです。
3 痴漢冤罪事件で重要な早期の弁護活動
重要なのは、まずは逮捕・勾留されないように早期に弁護活動を行うことです。
逮捕されてしまうと、身柄拘束が続くことで社会的な地位や名誉を人質に取られてしまい、罪を認めて早く釈放されたいと考えてしまい、身に覚えのない罪を認めることになりかねません。ですから、痴漢冤罪の事件では、早期の身柄釈放手続が事件の帰趨を決することになりやすいです。
しかし、既に逮捕・勾留されてしまってから弁護人に選任されるケースも珍しくありません。逮捕・勾留後も、勾留の決定(または延長)に対して争ったり(準抗告手続、勾留取消請求など)、勾留理由の開示を裁判官に求めたり(勾留理由開示手続)といった弁護活動を行います。
また、釈放後の居住地や行動範囲を限定することで被疑者と被害者との接触が物理的に生じない状況を確保したり、身元保証人を確保することで、早期の釈放を可能にする状況を作ることもあります。
近時、少しずつではありますが、否認事件であっても、安易な身柄拘束を認めないケースが増えてきています。逮捕・勾留されてしまったケースでも、冤罪なのであれば、できるだけ早く弁護士に相談して欲しいと思います。