労働問題>退職勧奨・退職強要(解説)

  辞めてほしいと言われたら

弁護士大塚達生


1  解雇なのか退職勧奨なのかを確認
2  退職するかしないかは労働者の自由
3  応じないと言っているのにしつこく勧奨・強要されたら


 

1 解雇なのか退職勧奨なのかを確認

 解雇に関する解説ページで説明しましたが、解雇と退職勧奨の違いについて、再度説明します。
 これを理解することが、その後の対応を正しく行うことにつながるからです。

 まず、解雇とは、使用者が一方的に労働契約を終了させることです。

 これに対し、使用者と労働者の合意により労働契約を終了させることを合意解約といいます。解雇のように一方的に終了させるのではなく、双方の合意によって終了させるのが合意解約です。

 合意といっても、いきなり合意が出現するわけではありません。まず一方の側から申し込みがあり、次に他方の側が承諾(同意)することによって、双方による合意ができあがるのです。この合意ができあがるまでは合意解約は成立しません。

 使用者が労働者に対して、①この合意解約を申し込んだり、②労働者側から申し込んでくるようにと労働者に働きかけること(「申込みの誘引」といいます)を、退職勧奨と呼んでいます。「勧奨」とは、平たく言うと「お勧めする」という意味です。
 社会通念上、勧奨の限度を超えるものは、退職強要と呼ばれています。

 退職勧奨である場合は、労働者が同意しない限り、労働契約は終了しません(退職強要でも同じです)。

 解雇である場合は、労働者の同意の有無は問題にならず、使用者の意思だけで解雇できます。そのかわり、解雇に関する解説ページで説明したように、解雇の場合は、いくつもの規制(制限)がありますので、これに違反すれば解雇は無効となります。

 このように退職勧奨と解雇は似て非なるものですから、そのどちらなのかによって、労働者がとるべき対応策が異なってきます。

 使用者から「辞めてほしい。」「辞めてくれ。」「辞めてもらう。」といった言葉で言われた場合、退職勧奨の意味なのか、それとも解雇という意味なのか、はっきりしないことがあります。(注1)

 よくみかけるのは、労働者がこのように言われて、解雇されたと思い、解雇権濫用だと主張すると、後になって使用者が、「解雇はしていない。あなたが退職に同意したんだ。」と言い出すケースです。

 このようなことを避けるために、早い時点で、労働者から使用者に対して、退職勧奨なのか解雇なのか明確にするよう求めてください。

 そして、退職勧奨だという場合には、①使用者が合意解約を申し込んできているのか、それとも②労働者側から申し込んでくるようにと、使用者が労働者に誘っているのか(つまり申込みの誘引なのか)、どちらなのかについて使用者に確認してください。(注2)

 その結果、解雇だという場合は、解雇に関する解説ページを参考にしてください。

 退職勧奨だという場合は、下記のような対応策があります。


2 退職するかしないかは労働者の自由

 使用者が言っていることが退職勧奨だという場合、労働者としてはどうしたらよいでしょうか。

 結論からいいますと、退職勧奨に応じて合意解約を成立させるか否か、つまり退職するかしないかは、あくまで労働者本人の自由です。

 したがって、使用者からの退職勧奨が、合意解約の申込みである場合は、労働者がこれに承諾(同意)する義務はありません。承諾(同意)することを労働者に強制することはできません。

 また、使用者からの退職勧奨が、労働者側から合意解約を申し込んでくるようにとの労働者への働きかけであるという場合(つまり申込みの誘引である場合)も、労働者がこれに応じて合意解約を申し込む義務はありません。合意解約の申込みをすることを労働者に強制することはできません。

 要するに、どちらのタイプの退職勧奨であっても、労働者がこれに応じて退職する義務はありません。
 退職の意思がなければ退職届を書く必要は全くありません。


3 応じないと言っているのにしつこく勧奨・強要されたら

 では、労働者が応じないという意思を表明しているのに、使用者側からの退職勧奨が止まず、退職強要までされた場合、労働者としてはどうしたらよいでしょうか。

 まず、退職勧奨・退職強要を中止するようにと、内容証明郵便等で通知するという方法があります。
 その場合、弁護士に委任して、弁護士が代理人として通知するという方法もあります。

 それでも止まない場合は、裁判所に退職勧奨・強要差止めの仮処分を申し立てるという方法があります。

 嫌がらせ、不利益の押しつけなどによる退職強要の場合は、嫌がらせや不利益の内容を記録しておきましょう(録音などの方法もあります)。

 人格権侵害(不法行為)による損害賠償(慰謝料)請求訴訟を起こすという対応策もあります。

 なお、いったん退職届を書いてしまっても、取消・無効を主張して合意解約を不成立とすることができる場合があります。

 この点についての説明は、「労働条件切り下げへの同意を迫られたら」のページでの説明(「不本意な同意をしてしまったら」)と同じです。

 民法には、一旦した意思表示を無効にしたり、取り消したりするための規定があります。

 無効に関する規定としては、①意思表示が表意者の真意ではないこと(心裡留保といいます)について、相手方が知り又は知ることができたときは、その意思表示を無効とする規定(民法93条)、②相手方と通じてした虚偽の意思表示(通謀虚偽表示といいます)を無効とする規定(民法94条)があります。(注3)

 取り消しに関する規定としては、①錯誤に基づく場合は取り消せるとした規定(民法95条)、②詐欺または強迫による場合は取り消せるとした規定(民法96条)があります。(注4)

 退職勧奨・退職強要に応じて、合意解約の申込みまたは承諾(同意)をしてしまったときの状況が、これらの規定にいう「心裡留保」、「通謀虚偽表示」、「錯誤」、「詐欺」、「強迫」のどれかに該当する場合は、合意解約の申込みまたは承諾(同意)について、無効または取消を主張することができます。

 例えば、重要な点を誤解していた場合、「錯誤」があったとして、合意解約の申込みまたは承諾(同意)を取り消せる可能性があります。

 欺されていた場合や、おどかされていた場合には、「詐欺又は強迫による意思表示」であるとして、合意解約の申込みまたは承諾(同意)を取り消せる可能性があります。

 無効や取消を主張する場合は、使用者にそのことを早く通知する必要があります。
 何も通知せずに放置すると、合意解約の申込みまたは承諾(同意)を前提にした既成事実が作られてしまい、労働者が追認したといわれて、無効であるといえなくなったり、申込みまたは承諾(同意)を取り消せなくなることがありますので、注意しましょう。


注1 ワークルール教育の必要性

 使用者が労働者に対して退職勧奨をしているのか、解雇を通知しているのか、明確でないというのは、困ったことです。
 労働契約を終了させるという、労働者にとって生活がかかった重大な場面で、使用者の意思表示が何を意味するのか特定できないというのは、実に迷惑な話です。
 使用者は、人を雇用している以上、せめて解雇と退職勧奨の違いを理解して、明確に意思表示する必要があります。
 使用者は労働関係諸制度について理解しておく必要があるといえます。
(参考)日本労働弁護団2013年10月4日「ワークルール教育推進法の制定を求める意見書」

注2 明確にする責任は使用者側にあります

 ①退職勧奨なのか解雇なのか、②退職勧奨だという場合、合意解約の申込みなのか、申込みの誘引なのか、これらを明確にする責任は使用者の側にあります。
 どちらなのか不明確であることについて、労働者には何の非もありません。
 しかし、不明確なままにしておくと、無駄なやりとりに時間と労力をとられ、正しい対応に移れません。
 ですから、不明確な場合は、労働者の側から確認を求めた方がよいです。

注3 民法93条・94条

民法93条(心裡留保)
 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
2 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

民法94条(虚偽表示)
 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

注4 民法95条・96条 

民法95条(錯誤)
 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

民法96条(詐欺又は強迫)
 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。