終わらないアスベスト禍/山岡遥平(事務所だより2022年8月発行第65号掲載)

1 「静かな時限爆弾」

 石綿(アスベスト)製品の製造販売が禁止されてから16年近くがたったが、アスベスト禍はまだ終わっていません。
 まだまだ石綿が使用されている建物は多く、必要な検査や、封じ込めをしていなかったり、対策が不十分だったりすると石綿の粉じんにさらされてしまいます。石綿の恐ろしいところは、吸ってすぐに病気になるわけではないのです。
 例えば、中皮腫は、そのほとんどが石綿粉じんへの曝露で生じるガンですが、潜伏期間が30年や40年になることもあります。また、肺がんは、長期間石綿粉じんに曝露されることで発生します。このように、かなり長い期間たってその影響があらわれるのです。そのため、「静かな時限爆弾」などと言われることもあります。
 以下では、私の担当した事件を少し抽象化してご紹介します。

2 製缶工さんの事件

 この事件は、昭和30年代から、横須賀の工場で発電機用のタービンなどの溶接を行い、溶接の保温に石綿をもちいていました。
 ところが、会社ではなんの粉じん対策もされていなかったため、約40年間務めた同社の退職から実に16年後、胸膜中皮腫と診断されたのでした。
 そこで、会社に対し、補償を求めるとともに、補償制度の制定を求めていましたが、会社がこれに応じなかったため、2019年、訴訟を提起し、2021年8月末にその請求のほとんどが認められました。ところが、この方は勝訴の判決を得て約3か月後、病気によって亡くなってしまいました。

3 鉄道会社の石綿被害事件

 この事件は、昭和30年代から東京の鉄道車両整備工場で溶接等を行っていた方が、定年退職後の再雇用終了後から約13年後、肺がんを発症してしまったのです。
 鉄道車両に断熱材等として石綿が使用されており、外装を外した際にこの粉じんに曝露されるほか、溶接に際して配線を保護するため、石綿を用いて配線を溶接の火花から守っていたのです。

 これも、きちんとマスクが使われていない等、安全対策がされていなかったため、会社に対する責任追及のために訴訟を提起していますが、訴訟の途中の2021年、ご本人は亡くなってしまいました。
 事件では、会社が車両に使用されていた石綿に関する資料などが残されていないことが明らかになっています。

4 教員の石綿被害事件

 学校で8年間電気工事を教えていた教員が、退職から約6年後、当該仕事を始めてから14年後に中皮腫にかかり、亡くなってしまったため、公務災害認定を求めて訴訟を行っています。
 この方は、医師に対して、学校で指導に使っていた資材に石綿が入っていたことをお話ししており、また、学校の天井などに石綿が吹き付けられていたこともわかっていますので、これらの粉じんに曝露されたものだと考えられます。

5 建設アスベスト訴訟

 先般最高裁判決が出た事件の類型の事件も、最高裁判決後ではありますが、被災者の支援団体のバックアップを受け、弁護団を結成して取り組んでいます。
 これは、国と建材メーカーに対し、石綿含有建材を取り扱ったことで石綿関連疾患(肺がん、中皮腫、石綿肺など)を発症してしまった方々が、石綿含有建材を漫然と販売した、規制をかけなかったことについて責任追及しているものです。

 この訴訟の特徴は、多くの方が建設業、しかも一人親方や小さな工務店所属の方であるため、具体的に、いつ、どの現場で、どの石綿含有建材からの被害を受けたのか特定することが難しい点です。
 それもそのはずで、多くの現場を行き来している方が多いですし、なにせ昔のことなので記録も残っていないのです。「石綿」「アスベスト」という言葉は知っていても、危ないという認識もなく、特に警戒していないため、なおさらです。
 石綿含有建材の種類は多岐に及びます。壁材、天井材、保温材、吹付材、床材などなど、多種多様な建材が、ほんとうにあらゆる場所に使われていたことがわかります。しかも、これら建材の使用は、防火基準などで国も推し進めてきたことだったのです。

 私たちの訴訟では、典型的な建設業ではない、劇団員として天井裏で配線作業を行ったために石綿粉じんに曝露された方や、石綿含有建材の営業をおこなっていた方など、すでにできている建設アスベスト給付金の枠組みで必ずしも救済されない方も含まれているのが特徴です。
 メーカー相手の訴訟も、国相手も、救済の範囲を広げられるよう、全国の弁護団と連携しながら戦っていき、メーカーも巻き込んだ救済基金を作り、今よりも救済範囲を広げられるよう、頑張っていきます。

6 最後に

 このように、様々な形で石綿は使われ、様々な形で粉じんに曝露され、長い時を経てようやく発症してしまい、重症化してしまうのです。そして、長い時間がたつと、被害を立証することも難しくなっていき、救済を得るのに時間がかかってしまいます。

 石綿は、断熱性、絶縁性など優れた性質を持ち、しかも加工しやすいため、「奇跡の鉱物」と呼ばれていました。しかし、その危険性は1900年代から指摘され始め、1930年には石綿紡績工場での疾病が調査され、報告されました。そして、1955年には、石綿による発がん性があるとの研究が確固たるものにされています。
 それでもなお、日本では、住宅事情の改善のためや、工業上便利であるから、と大量に使用され、しかも、規制や現場での危険性の認識が不十分だったため、多くの方が石綿粉じんにさらされ、病気になってしまうのです。
 石綿含有建材の使用された建物解体のピークは2020年~2040年、まさにこれからと予想されています。

 いわゆるクボタショックのとき、私はまだ高校生でした。「そんなこともあったかな」くらいの認識でした。今再び、石綿の危険性を訴え、新たな被害者を向こう数十年生まないようにしたうえ、仮に被害が出てしまったら、時間の壁に阻まれないよう、迅速な救済が得られるようなシステムを作り上げることが必要です。