2021年3月、文科省が始めた官製ハッシュタグ#教師のバトンが、教育関係者を中心にSNS上で大きな話題になりました。
これは、文科省が現場で奮闘する教員の魅力を発信し、質の高い教師を確保して学校の未来に向けてバトンを繋ぐために始めたプロジェクト(*1)でした。ですが、これがSNS上で瞬く間に「炎上」しました。社会から注目されたのは、教員の魅力ではなくこの「炎上」でした。
#教師のバトンのハッシュタグでは、多くの教員が、長時間労働が常態化した実態、悲痛な現場の声を吐露しています(*2)。休憩時間がとれず膀胱炎が職業病、我が子に会って話す時間も無い、同僚が次々辞めていく、などなど。
私が注目したのは、このプロジェクトによって、過度に政治的中立性が求められがちな公立学校教員に対して、文科省がSNSによる情報発信に法的なお墨付きを与えたことです。これまで教員を管理し学校の中に縛り付けようと必死になっていたあの文科省が、自ら教員により、社会へのSNSによる情報発信を促すプロジェクトを開始したのだから、インパクトは絶大でした。
法的には、公立学校教員も労働者であり市民であり、私的時間をどのように利用するのか原則として自由です。教員も、私的な時間を用いてSNSを活用して情報発信する「権利」が憲法21条の表現の自由で保障されています。
この表現の自由は、歴史的に民主主義社会において重要な権利とされてきました。それは、市民社会を形成する市民一人一人が自らが情報を受け取り、自己の思想や人格を形成発展させ、主権者として政治の意思形成の過程に関与することが、成熟した市民社会の形成にとって重要だからです。
そして、教員がSNSなどで情報発信することは、自身の職場環境や働き方についての理解を深め、それによって自らを規律して成長する契機となります。また、情報発信した教員は、情報発信の過程において、自身の教育活動や働き方において成長する契機となり、このような成長の機会を得た教師から教育を受ける機会をもつ子ども達にも、好ましい影響があるはずです。
この#教師のバトンプロジェクトが大きく拡がった理由として、SNSを活用している側面は見逃せません。SNSだからこそ、忙しい教師も匿名性をも維持しながら、簡単に主体的な情報発信の主体となれたのです。教員が表現の受け手の立場を超えて、自ら情報発信の主体となり、外部から閉ざされがちな学校・教員職場の実態を明らかにすることが可能になったといえるでしょう。
現在、教育公務員に対しては過度な政治的中立さが要求され、地域社会からも厳しい監視の目に晒されているのが教育現場の実情でしょう。ですが、このような現状は健全な民主主義の実現にとっても、子ども達への教育効果を考えても、有害でしかありません。
決して文科省が想定した形ではないのでしょうが、このプロジェクトを、教育現場をより良くするための、学校の未来に向けた起爆剤にしたいと考えています。
*1 #教師のバトンプロジェクトについて(文科省ホームページ)
*2 Twitterで#教師のバトンを検索すると、教員の皆さんの生の声に接することができます。
『#教師のバトン とはなんだったのか:教師の発信と学校の未来 』出版
「みんなの学校安心プロジェクト」で一緒に活動している教育社会学者の内田良さん、現職教員の斉藤ひでみさん、教育行政学者の福嶋尚子さんと、多分野の仲間と岩波ブックレットを出版しました。
厳しい学校現場の問題に加え、これまで教師が公に声を上げられなかった理由を探り、教師が発信することで変わる学校の未来像を展望しています。執筆者4名が、未来の学校・子ども達への想いを込めました。様々な立場で教育に関わり関心をもつ皆さんに、手にとっていただきたいです。書名 #教師のバトン とはなんだったのか:教師の発信と学校の未来
著者 内田良、斉藤ひでみ、嶋崎量、福嶋尚子
出版社 岩波書店(2021/12/07刊行・定価682円)
ISBN 9784002710563