奨学金の「過大請求」その後/西川治(事務所だより2022年1月発行第63号掲載)

 奨学金制度を実施する日本学生支援機構(旧・日本育英会。以下「機構」といいます。)の保証人に対する「過大請求」について、たよりNo.58(*1)で取り上げました。
 簡略に述べると、機構の奨学金制度では(機関保証を除き)連帯保証人と保証人各1人が必要とされ、本人が返せないと連帯保証人は全額返済する義務を負いますが、保証人は「分別の利益」(民法456条)により半額返せば残りは返済不要です(返済義務は2分の1のみ)。ところが、機構は保証人にも全額を返すよう請求し、保証人の多くは全額支払う義務があると思い、既に全部支払ってしまった人もいるという問題です。

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 2019年5月14日、東京地裁・札幌地裁にて、全額を払ってしまった保証人など各2名が原告となり、機構に対する訴訟を提起しました(「東京訴訟」「札幌訴訟」と呼びます。)。
 私は東京訴訟の原告代理人(弁護団事務局長)です。両訴訟の原告代理人は異なりますが、いずれも奨学金問題対策全国会議所属の弁護士であり、請求内容も概ね共通で次の3点です。

  1. 過払分の返還。保証人は債務の2分の1を超える部分について支払義務がなかったのだから、不当利得として返還を求めるというものです(*2)。
  2. 1に対する利息の支払い。機構が「もらいすぎ」だとわかっていながら保証人から支払いを受けたのであれば、「もらいすぎ」た部分に利息をつけて返さないといけないという民法704条(悪意の受益者の返還義務)に基づく請求です(*2)。
  3. 慰謝料の支払い。機構が保証人の法的知識の不足につけこみ、全額を支払う義務があるかのように請求して支払わせたのは不法行為又は債務不履行であるとして慰謝料を求めるものです。

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 機構は、この1~3すべてについて全面的に争っています。
 2021年5月13日、札幌訴訟の第一審判決が言い渡され、原告の主張のうち1は認められ、2と3は認められませんでした。
 1については、分別の利益についての一般的な理解(たよりNo.58参照)を前提にした常識的な判断でした。他方、2・3については、「分別の利益」の法的効果について「種々の見解が激しく対立しており、いずれの見解を是とすべきかが必ずしも明らかではなかった」(したがって、機構が誤解したのもやむを得ない面がある)という誤った事実認定に基づく(*3)、誤った判断です。
 東京訴訟では、札幌訴訟の誤った判断についても反論を加えながら、さらに主張を補充しており、1のみならず2・3についても勝訴できるだけの訴訟活動を貫徹し、保証人の法的知識の欠如につけこんで回収を図る機構の誤った態度を正す契機にしたいと考えています。

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 私が大学を含む高等教育の学費・奨学金の問題に関わり始めたのは大学1年生の時でした。何の問題もなく授業料も生活費も親に払ってもらえる学生がたくさんいる一方、私自身寮生だったからかもしれませんが、私の周りにはアルバイトだけでなく、授業料免除を受けたり、奨学金を借りたり、寮に入ったりしないと学生生活を送るのが難しい学生が少なからずいました。授業料の高さに加え、授業料免除や奨学金(*4)、寮の少なさを何とかしなければという思いで関わり始めたのです。
 しかし、私にとって鮮烈だったのは2007年1月に相談を受けたAさんのことでした。地方から上京し、当時東京の私立大学の2年生。親も生活は厳しく、入学金や授業料は親族が立て替えて払っていましたが、2年生の後期には親族にもその余裕がなくなりました。
 私は期限の6日前に親族から相談を受け、年度途中から借りられる機構の応急採用奨学金を検討しましたが利用できず(*5)、祖父母が年金担保貸付を借りることになりましたが、入金が間に合いません。やむなく立て替え(*6)、入金期限の日に振り込んで、除籍を回避しました。
 Aさんは授業にはよく出ており真面目。試験前には他の学生からノートのコピーをほしいと頼まれ、試験で隣に座った知らない学生が自分のノートのコピーを持っているということもあったそうです。無利子奨学金を家賃に充て、週に4~5日居酒屋で働いて生活費を賄っていました。一度、深夜3時にメールが来たことがありました。居酒屋での仕事が終わったあと、ときどき別の居酒屋で朝まで働いているとのこと。3年からは有利子奨学金も借りるようにして卒業までのめどをつけました。その後無事に卒業・就職したと聞きました。
 ほかにも奨学金のおかげで学生生活が送れるという学生を何人も見てきた私にとって、奨学金事業を行う機構は希望であり、悪者たりえませんでした。

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 この頃まで学費・奨学金の問題には主に学生やその家族、教員が関わっていましたが、私を含めて「大学の高学費」の問題だと認識していました。いかに卒業するかが課題であり、大学等を卒業すれば学費問題は終わりでした(*7)。
 そこに奨学金の返済問題が現れてきました。子どもの貧困問題の一環として注目されたこともあるでしょうが、労福協を中心に多くの労働組合が奨学金・学費の問題に取り組み始めると、想像もつかないような数の請願署名が集まりました。関心も高まり、給付制奨学金、ついで修学支援制度の導入や貸与制奨学金の返還支援制度など、制度が大きく動きました(*8)。
 奨学金の返済困難の問題をみていると、どうしても機構による不適切な回収方法や誤った法的見解に基づく回収が目に付きます。それでも、私は機構は奨学金という積極的な意義を有する制度を行っている組織であって、潰すなどとんでもないという感覚でした。

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 しかし、機構の遠藤勝裕理事長(当時)は、朝日新聞の取材で「分別の利益」があることを返還中の保証人に直接伝えない理由を問われ「伝えれば事実上、半額を回収できなくなり、その分は税金で補填せざるを得なくなるため」と答えたといいます(*9)。
 税金による補填を避けることが目的なら、保証人の法的無知につけこんで全額を支払わせても許されるというのです。行政機関は詐欺を働いてもよい、というに等しい暴言だと思います。
 私は、初めて機構という組織は潰した方がよいのではないか、と考えました。
 貸金業者なら取り立て方法についても規制があり、例えば過大な残債務の額を伝えて支払いを求めるような行為は違法です(*10)。
 機構は、貸金業法の適用が除外されています(同法2条1項2号)。これは機構が教育の機会均等に寄与するという公益目的を与えられており非営利であるため、営利目的の貸金業者のように借主や保証人を害するような回収方法は行わないだろうという信頼があるからでしょう(同項5号参照)。
 ところが、機構が貸金業法の適用がないことをいいことにひどい回収を進めるのであれば、営利目的であっても一定の規制の下にある貸金業者の方がまだよいのではないかと思えてくるのです。

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 日本学生支援機構(保証人過払)事件は保証人の救済が目的ですが、私にとっては機構に「教育の機会均等に寄与する」(独立行政法人日本学生支援機構法3条)という目的を自覚した運営をしてもらいたいという願いを込めた事件でもあります。
 Aさんはじめ機構の奨学金制度がなければ退学を余儀なくされた学生は少なくないでしょう。
 高学費の下、高等教育に希望をつなぐ学生の希望であってほしい、返済への不安から利用を躊躇するような組織であってほしくないという願いです。

*1 2019年1月発行
*2 利息制限法違反の高金利についてのいわゆる「過払金請求」で①元本に②利息をつけて返すよう請求できるのと基本的にな理屈は同じです。
*3 分別の利益は、保証人が複数いれば当然に(保証人が何も言わなくても)効果が生ずるというのが通説・判例ですが、機構は、保証人が「分別の利益によって分割してくれ」と言ってにはじめて効果が生ずると主張しています。フランス民法はこのような考え方ですが、日本では民法制定時、フランス民法等と異なり当然に効果が生ずることを明確にするため条文(現行民法456条)を置くのだという説明がなされており(民法修正案理由書等)、通説と異なる見解は見当たりません。ある高名な民法学者が機構の依頼を受け、機構の主張に沿った意見書を作成していますが、この学者も2017年の自著では通説の立場に立っています。
*4 当時は採用枠が大幅に不足しており、2007年度は採用基準を満たした申込者に対する割当率は29.8%でした(毎日新聞2006年9月2日夕刊)。
*5 応急採用奨学金(有利子)は、破産や失業などから1年以内であることが要件ですが、Aさんは親族の援助で1年以上頑張っていました。
*6 ちょうど休学してお金を貯めていたので何とか払えるくらいのお金がありました。年金担保貸付の入金後に返してもらいました。
*7 だからこそ学費問題に関わった学生も、卒業すれば学費問題に関わらなくなるのが普通でした。私はそれを見て、私はこうはならない、ライフワークとしてこの問題に関わり続けるんだと考えたものです。
*8 ただし、政策の大きな流れとしての画期は2005~2007年にあったと考えています。2005年の国立大学授業料標準額引き上げに一部の大学が追随せず、2006年には2009年度までの据え置きが決まりました(学費値上げ政策の放棄)。この頃、無利子奨学金や授業料免除の拡充など学費負担軽減の方向性が明確に打ち出されました。2007年8月には東京大学が親の年収400万円未満は原則として授業料を全額免除するとし、続くリーマンショックを受けて多くの大学が独自の経済支援策を導入するようになりました。民主党政権下では、国際人権規約13条2項(b)、(c)(中等・高等教育の漸進的無償化)に付されていた留保が撤回され、学費負担軽減の政策が国際的にも表明され、いくつかの制度改善もありました。
*9 朝日新聞2019年2月22日
*10 もちろん故意にこのような行為を行えば詐欺ですが、このような規制があれば、注意して業務にあたることが期待しやすくなります。