「お酒を売るな!」の限界/山岡遥平(事務所だより2021年8月発行第63号掲載)

1 コロナ対策を見る視点

 コロナ禍で飲食店に対する規制が非常に強くなっています。みなさんも、外で食事をする機会が減ったり、仕事が終わって食事をしよう、と思っても店が閉まっている、という経験をしているのではないでしょうか。
 このような規制について、みなさんはどう考えるでしょうか?補償をしなければいけない?感染防止のためだから仕方がない?
 こんな時にまず、私たち法律家が考えるのは、「行政法的視点」です。「行政法」という法律はありませんが、日々の行政の迅速・柔軟さの必要性と、行政が勝手に市民の権利利益を侵害したり、恣意的な行為を行ったりすることの防止の調整を行うことを目的としたもので、憲法、行政手続法や、各種行政法規の解釈、国家賠償法の解釈によって導かれるものです。
 では、飲食店の営業時間を規制したり、酒の提供時間を限定したりすることは適法なのでしょうか。
 感染症防止という、危険の防止であれば、「消極目的規制」といい、目的達成のために必要かつ合理的な規制でなければならず、規制の過剰は許されません。ここで、現在の規制は、一人で飲食させる等、感染リスクを増大させないような態様の営業も一律に規制しているため、目的と手段の関連性を欠く部分があり、当該部分については違法との評価もあり得ます。
 また、感染防止の高い必要性と、原因を特定しきれないという特性を重視して規制自体が適法としても、補償の問題が残ります。補償についても、様々な説がありますが、少なくとも政策的には補償が必要で、そもそも、「要請」を守るインセンティブと、要請を守ることができるようにするための生存保障が必須でしょう。

2 酒を出すな!の圧力は適法か?

 蔓延等防止措置などによる措置からさらに進んで、2021年7月8日付で、国税庁酒税課と内閣官房コロナ対策推進室が、酒類の販売団体あてに、要請を守らずに営業する飲食店に酒を販売しないように求める文書を出しました(なお、後に撤回。)。
 この行為は、行政法的には行政指導(又はその指針)といわれるもので、強制力はないが、行政が任意の履行を求めるものです。
 行政法の原理の一つに「法律による行政の原理」があります。これは、法治国家であるのだから、行政も法律の根拠がなければならない、というもので、どんな学説でも、規制をする行為については法律の根拠が必要だ、という点は一致しています(侵害留保の原則)。行政指導が法的根拠なくできるかについては争いがありますが、行政指導は当該行政庁の管轄になければならないとされ、規制的な指導については法的根拠が必要であるという説も唱えられています(塩野宏『行政法Ⅰ 第六版』229頁)。
 新型コロナウイルス対策においては、新型インフルエンザ特措法に基づく一定の措置がありうるものの、これが出来るのは、国税庁長官や担当大臣などではなく、都道府県知事です。
 そうすると、前記の酒類販売団体に対する要請は、新型インフルエンザ特措法に基づくものではない行政指導です。行政指導が一般論として可能であるといっても、行政指導は、当該役所の所掌事務の範囲内でないといけません。
 ここで、国税庁の目的は「内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現、酒類業の健全な発達及び税理士業務の適正な運営の確保」が含まれるため、一応、この行政指導は「酒類業の健全な発達」に関するものといえなくはありません。一方で、酒税法を見ても、酒類業組合法をみても、アルコールによる健康被害防止が目的の一つとなっていることは見て取れる(酒類業組合法86条の9第1項参照)のですが、提供する状況の適正化による感染症予防は目的になっているとはいいがたいのです。
 そうすると、国税庁には、酒の提供をコントロールして感染症を予防することについて、その管轄の外といえ、同庁は行政指導を行えないでしょう。
 一方で、コロナ対策室がこのような指導をすることは、管轄業務の上からはできます。それでも、行政指導には限界があるのです。
 行政手続法32条1項によれば、「行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。」のであって、課税及び監督官庁である国税庁と共に指導を行い、課税上の不利益を想起させて圧力をかけるのは同条違反といえます。
 また、行政法規に関する一般原則も適用されますので、目的と手段が比例関係になくてはなりません(比例原則)。
 酒類の提供による感染拡大は全体の一部に留まり、決定的な原因でないことも考えれば、酒を売る業者に対して、その取引先を失うような行為を求めるのは過度に営業の自由を侵害するものです。また、営業を続けている飲食店に対しても、取引自体を制限するという過度な営業の自由の侵害でもあり、違法との評価がされかねないものです。

3 圧力行政は卑怯?

 さらに、行政指導は訴訟等で争われにくいものです。このことを良いことに、金融機関に圧力をかけようと試みるなど、現在の対策は行政指導に頼ることで責任から逃げようとしながらも、非常に強力に飲食店の営業の自由、ひいては経営者・労働者の生存権を侵害しようとするものだといえます。
 新型コロナウイルス対策は必要ですが、いわば非権力的な権力行使によって責任から逃れる一方で、世間的な圧力も用いた方法で特定の事業者やそれに従事する労働者に過度な負担をかけることは許されません。
 今後の感染症対策に関する法政策を考えるにあたっては、規制を行うのであれば、行政・政府がきちんと説得力を持って、かつ責任を負って行うものであるべきだ、という観点、まさに法律による行政の原理をはじめとした「行政法的視点」が必要でしょう。