法科大学院とは何だったのか/西川治(事務所だより2021年8月発行第63号掲載)

 私は、代議士秘書を辞した後、ある国立大の法科大学院(以下、「LS」)に入学し、司法試験後に中退するまで2年半在籍しました。
 私の同期は、同じ未修者(*1)が24名、1年遅れで入学した既修者が4名。うち修了者は18名ですが、司法試験に合格したのは3名のみです。司法試験の受験回数は5回までに制限されており、令和2年度を最後に受験資格を失ったことになります(*2)。
 全国的にも未修者の合格率は悪く、既修者の30%台に対して未修者は10%台という状況でしたが、それでも5年間受け続ければ4~5割が合格する計算でしたから、6人に1人というのは予想を大きく下回るものです。

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 LSの1年目、いきなり「再試験を廃止する」(*3)との告知がLSのウェブサイトに掲載されるということがありました。
 重大な変更でありながら在学生に直接の連絡も説明もないまま、ウェブサイトに再試験の廃止の告知のみが掲載され、掲載したとのメールすらありませんでした。
 後から分かったのは、法科大学院の認証評価(*4)で再試験が問題であると指摘があったため、慌てて再試験廃止を決め(認証評価機関に見えるよう)ウェブサイトに掲載した、ということでした。
 私は判明した翌日の金曜日にアンケートを呼びかけ、翌火曜日までに約8割の学生から協力を得て(*5)説明会の開催や再試験廃止の見直しなどを求める要望書を提出しました。再試験廃止について説明会が開催されるには至ったものの、再試験は廃止されました。

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 私自身が再試験を受けたことはありませんでしたが、集まったアンケートを読みながら、司法制度改革の中核の1つであり、司法試験の制度改革と密接に関わる法科大学院というもの、そこに集った学生の行く末について考えずにいられませんでした。
 LSの合格率は中堅程度であり、未修者がメインの法科大学院としては健闘していましたが(*6)、それでも修了者の過半数は合格せずに受験資格を失います。
 司法試験不合格者は、どこへ行くのでしょうか。
 LS修了後、司法試験に合格していない158名(科目等履修生等として在籍している者を除く)のうち、LSが進路を把握していたのはわずか10名(当時)。大半は行方知れずでした。約60名の中退者は述べるまでもないでしょう。
 法科大学院では、修了後まず司法試験を受けますから、新卒で就職することは例外的です。学部から直接進学した若い学生は公務員試験を受けることもできますが、社会人経験が多少でもあると司法試験を受けている間に年齢制限で受験資格がなくなります。
 法科大学院ができる前もそういう面はあったかもしれません。しかし、法科大学院制度は、それを「制度化」しました。「制度化」すると費用負担もまた「制度化」されますし(*7)、働きながら受験することは難しくなります。

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 私は2年次の秋に予備試験に合格し、LS修了を待たずに3年次には司法試験合格が見込まれる状況になりました(*8)。
 翌春入学の入試において、LSは未修コースの受験者ほぼ全員を合格させました。それまで約2倍だった入試倍率は1.18倍まで低下し、合格者の適性試験の平均点も悪化しました(*9)。大幅な定員割れによる運営費カットを避けるため、司法試験の合格可能性には目をつむって入学者を集めたと言わざるを得ないものでした。
 私は、この入学者21名もその多くが行方知れずになるのかと気持ちが沈みました(*10)。自らの存続のために安易に入学資格を与えるLSを修了することに我慢がならず、司法試験の合否の結果を待たずに退学することにしました。自らの法科大学院の存続のために罪なき受験生の人生を狂わせる権利はどの法科大学院にも存在しない、と指摘する退学理由書を残し、私はLSを去りました。
 LSは2019年以降の学生募集を停止し、まもなく廃止されます。

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 私の同期は28名。いま司法試験合格者は私を含め4名のみです。毎週集まって、一緒に答案を書いて検討しあった仲間は、私以外に誰も合格しませんでした。
 最初から司法試験合格が難しかったのであり、法科大学院に進むべきではなかったのでしょうか。それとも、入学後の努力が足りなかったのでしょうか。
 私は、どちらの結論も採ることができていません。

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 これが中堅の法科大学院の実情です。下位の法科大学院はいかばかりでしょうか。
 ひとりLSのみが抱える課題ではなく、無謀なまでに過剰な定員で発足した法科大学院制度が抱える課題です。
 不合格者には、法科大学院に合格したことで、到底実現しない夢を、努力すれば掴み取ることができる現実的可能性を持った目標と誤認した者も少なくないのではないでしょうか。
 客観的には最初から失敗するとみえ、そのコストも大きいのに挑戦させることは「自由」でしょうか。無謀な挑戦を可能にすることは「個人の尊重」でしょうか。
 法科大学院全体の定員を絞ることは「事前規制」として非難すべきでしょうか(*11)。法科大学院の乱立が「公正明確なルール」でしょうか。
 仮に法科大学院が法曹教育として有意義であるとしても、入学者の約半数を「司法試験不合格者」以上の意味を持たない「法務博士」なる学位を与えたのみで放り出す制度が「より自由かつ公正な社会」の在り方でしょうか。

*1 主に法学部以外出身者を対象としていますが、3年制のため準備を十分して司法試験に臨みたいという法学部出身者の方が多く、未修者の71%が法学部卒です(令和2年司法試験受験予定者)。既修者は2年制で90%が法学部卒です。
*2 留年後修了者を除く。
*3 再試験は、期末試験が合格点に達しない場合、再度試験を受けられるもの。廃止されると、期末試験の点数が悪いとただちに単位を落とすことになり、約3分の1が留年してもおかしくない制度変更でした。
*4 法科大学院の質を担保するため、認証評価機関が各法科大学院の教育課程や教育研究活動が基準に適合しているか評価するもの。
*5 影響を受ける1・2年生は63名しかおらず、2年生で中心的な学生にも協力を得られて50名からアンケートが集まりました。
*6 法科大学院進学時にLSを受験したのは立地や試験日程等の関係です。
*7 法科大学院の授業料は、国立でも80万円を超えます。
*8 法科大学院在学者が予備試験に合格すると、翌年の司法試験合格率は9割でした。
*9 適性試験は、法科大学院受験時のセンター試験のようなものです。
*10 これまでのところ21名中15名が修了し、3名合格。受験資格はまだ残っています。
*11 自由競争を重視する立場からは、「事前規制」をしなくても質の悪い法科大学院は淘汰され、質の良い法科大学院が残るということになります。そういう面がありうるとしても、法科大学院は自動販売機で缶ジュースを買うようなものとは違います。缶ジュースは気に入らなければ2度と買わなければいいですし、別のジュースを買う負担も重くありません。大学などの教育では、やり直しは容易でなく、少なくとも年単位の時間が戻らないという重い負担があります。