少年時代、都会にある大きな書店はあこがれだった。
小学3年のころから中学2年まで三重県で暮らしていた。その町は、歴史のある落ち着いた城下町で、江戸中期には著名な学者を輩出した土地柄だが、書店は、首都圏でいえば私鉄の各駅停車しか止まらない駅の駅前書店のような、小さな書店しかなかった。
もっとも、小遣いも少なく、本は滅多に買えず、日常は市の図書館を愛用していたのだが、図書館で何度も繰り返し借りて、どうしても手元においておきたい本をお年玉等で買おうと思っても、お気に入りの「アーサーランサム全集」などの海外児童文学のシリーズはきまって岩波書店刊行で、地元の書店には岩波の取扱自体が無く、取り寄せても1ヶ月以上かかるということが多かった。
本の流通においては、原則として書店(小売店)は「委託販売」で、売れない本は取次に返品できるのだが、岩波書店の本は書店の「買い切り」制だったので、地方の小さな書店には、岩波書店の出版物は扱わないというところが多かったのだ。
そういう時代において、岩波含めて本が沢山ある都会の大きな書店というのはあこがれだった。
中2のときに父が東京勤務になり引っ越したが、ふつうに電車に乗れば行ける範囲に大きな書店があるのがとても嬉しかった。新宿の紀伊國屋本店、日本橋の丸善(当時丸の内の大型店は無かった)などへ、実際には電車賃節約のため、約20キロの道のりを自転車で行くことも多かった。
中3でまた父が転勤となり、大阪で高校に進学すると通学帰りに立ち寄れるターミナル駅の大きな書店(南海難波駅の旭屋書店が多かった)に何度通ったかわからない。
大学生時代を経て、社会人になって収入を得るようになると、大きな書店に寄っては、何となく手に取りながら歩き、何冊も買ってしまうということが日常となった。
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しかし、ここ数年、書店(リアル書店)での購入が減ってきた。いうまでもなく、Web書店での購入が増えたからだ。
「店頭でたまたま手に取った本との出会い」という楽しみはリアル書店にしかなく、さらには少年時代から世話になってきたリアル書店が無くなると困るので、できるだけリアル書店で買いたいという思いがある。しかし、お店側がその思いに応えてくれていないと感じることが増えた。
特に、横浜には、巨大人口の大都会の割に、大きな良い書店が少ないと感じる。
というと、横浜の人なら誰でも知っている地元チェーンY堂があるではないかと言われるように思うが、ここが残念ながら期待に応えてくれない。
自宅のある駅にもY堂の大きな支店があり、先のようなリアル書店支持の立場から、できるだけ利用しようと心がけているが、探している本が無いことが多いのだ。
決してマイナーな本では無くても、朝日新聞書評に掲載された本などが無いことがとても多い。
棚で見落としている可能性もあるので、店頭の在庫検索の端末なども見るがやはり無い。
まさか、経営陣が朝日新聞が嫌いで意図的に冷遇しているとかではないと思うが、おそらく、いまどき新聞を取っているという消費者グループは、比較的本の実売につながる層と思うので、リアル書店として、そこをターゲットにしないというのはありえないと思う。
書評が出た日ではなく数日後にお店に寄ることが多いから、売れてしまって品切れという可能性もあるが、それならそれで「品切れでの販売機会喪失」というやつで、書店云々以前の「流通業において駄目な店」となる。実際、伊勢佐木町のY堂本店で、発売日から多少過ぎただけのNHKテキストが品切れとなっていて追加入荷はないと言われたことがあって呆れたことがあった(その足で沿線の小さな駅前書店で買えた)。
先の店頭端末は、その画面から注文を出すことも出来るようだが、使う気になれない。Y堂のスタッフさんに聞いてみたら、店に届くまでに、取次からで2~3日、出版社からだと1週間以上とのことであり、本好きは、読みたい本はすぐ読みたいので、そんなには待っていられない。
そうすると、店頭でスマホを取り出して、Amazonに発注することになる。プライム会員なので、翌日には自宅または職場に届く。これではおよそ勝負にならない。
関内駅前の「セルテ」にあった、2年前に運営会社の経営難で閉店したH堂は、よく行ったが、ここの閉店前数年はひどく、「本日発売」の新刊が棚に並んでいないことが何度もあった。あるとき新聞広告で見た本を発売日の夕方に買いに行って、無いので、一応店中探すとレジカウンターの脇の作業用台車に積まれ作業待ちとなっていた。お店からすれば「尋ねてもらえばいいのに」と言うだろうが、「発売日に新刊を真っ先に棚に並べないような書店員とは口をききたくない」という心境は本好きにはわかってもらえると思う(そのときは、Y堂本店まで歩いていって買った)。
よく、リアル書店経営者の方々は、リアル書店が無くなると「豊かな出版文化の維持が難しくなる」などと言う。全面的に賛成だ。しかし、そのような書店を支えたい消費者がたかだか新聞書評の本や広告に出ている本を探すのに苦労してストレスが溜まるような「棚作り」をしていて文化云々もないだろう。
横浜駅東口の「そごう」7Fの紀伊國屋書店の支店は、そういう意味ではストレスのない店だが、自分自身は横浜駅を通らない日が多いので普段使いには不便だ。
「事務所たより」の読者の皆さんは、お気にいりの書店ありますか。教えてください。