「男性版産休」(「出生時育児休業制度」)の意義と課題/嶋﨑量(事務所だより2021年8月発行第63号掲載)

1 はじめに

 2021年6月3日、男性の育児休業取得促進のために、新たに「出生時育児休業制度」創設などを内容とする、育児・介護休業法等改正法が成立しました(*1)。
 成立時、「男性版産休」制度が成立した等新聞各紙が報じ、遅々として進まぬ男性の育休取得促進の観点から好意的な報道が目立ちます。
 しかし、全会一致で可決・成立したとはいえ、法律ができるまでの労働政策審議会や国会審議では、今改正に意義を見いだしつつ、本来あるべき根本的な視点(性別役割分業の固定化した現状を改善する視点の欠如)や、休業中の就業に道を開いた点への警戒感が示されていました。
 この改正のうち、「男性版産休」と称される「出生時育児休業制度」を含む男性の育児休業取得促進のための制度拡充に関する制度の意義と課題を解説します(*2)。

2 「出生時育児休業制度」の概説(改正後の育児介護休業法9条の2乃至9条の5)

 この制度は、子の出生後8週間以内に4週間まで取得することができる、柔軟な育児休業の枠組みを新たに創設するという改正です(従来の育休制度も残るため、2つの育休制度が併存します。)。
 この制度により、子の誕生直後に、父親が最大4週間の新たな育児休業取得も可能とされます。
 この制度は、条文上、男性のみが育児休業が取得可能であるとはされてはいませんが、子の出生後8週間以内にのみ取得可能とされ、他方で出産した女性は原則産後8週は就労が禁じられるため(労基法65条2項は維持)、基本的に男性を対象とする制度です。
 具体的な制度内容は、右表(*3)をご参照ください。
 従来の育児休業制度との最大の違いは、休業中の就労を解禁している点でしょう。
 労働者の意に反したものとならないよう、労使協定を締結している場合に限り、労働者と事業主の合意した範囲内で、事前に調整した上で休業中に就業することを可能とされているのです。 

3 「出生時育児休業制度」の意義

 増加傾向とはいえ、男性の育児休業取得率は低水準で(7.48%:令和元年度厚生労働省「雇用均等基本調査」)、女性に比べて育児休業取得が進まない男性に対し、この制度が取得を推進することが期待されます。
 労政審(労働政策審議会)の報告書では、男性が育児休業を取得しない理由として「業務の都合や職場の雰囲気といったものが挙げられていることから、①業務ともある程度調整し易い柔軟で利用しやすい制度②育児休業を申出しやすい職場環境等の整備といった取り組みが必要」と指摘されています。
 今回の改正は、これら指摘を踏まえ男性の育児休暇取得の促進につながる可能性があるでしょう。
 政府は、男性の育児休業取得率を令和7年に30%にまで引き上げるという目標をたてており、その実現に向けての制度であると本改正も位置づけられており、男性の育児休業の取得が促進されねばなりません(衆参の附帯決議2項)。
 そういった意味では、本改正について、一定の意義を見いだすことはできるでしょう。

4 課題

 とはいえ、本改正には懸念すべき点もあります。
 根本的な問題は、性別役割分業の課題に対し目をつぶり(そこを視野に入れた改正無し)、男性の育児休業推進制度のみ大きく拡充し、事実上男性にのみ休業中の就労を進めるという点です。
 とりわけ、この制度では事実上は男性のみ、休業期間中の就労(=職場の業務の都合に配慮した休業)が認められるようになったことは大きな問題です。
 男性のみ就労しながら休業ができるようになれば、男性が育休を取得しやすくなり、出産した女性へのケアは多少は実現できるでしょう。男性のみ、職場に対し配慮し就労継続しながら「産休」を取得することが可能となることは、男性の育休取得者を増やすことで、職場風土への良い影響などの意義も見いだせるでしょう。
 ですが、本来、育児休業制度に期待されているのは、出産をする女性労働者が出産後も就労継続を可能とすることに他なりません。
 「男性版産休」とされるこの制度で、男性のみ就業を許すことは、取得促進のためには柔軟でよい面もあるでしょう。ですが、結局は育児よりも仕事が大事だという価値観を男性やそれを取り巻く職場家庭など周囲に印象づける、仕事と両立可能なお気楽な男性の「男性版産休」が増え、それが産休をとりつつ必死に就労継続しようとする女性労働者への「逆風」にならないかは危惧されます。
 今回の改正でも、基本的に女性労働者が就業しながら産休は取得できません。
 就業しながらのお気楽な「男性版の産休」取得が促進される反面、「男は仕事を優先しながら育児もやる」のだから、産休・育児休業中の女性も「職場に迷惑をかけず取得すべき」といった経験・風土が蓄積されるのであれば、男女間の性別役割分業の固定化改善にはむしろ逆効果ですらあります。この改正のもつ、男性の意識変革・職場風土改善に対する危惧は、国会質疑でも指摘されています(*4)。
 私たちが克服すべきは、未だに根深い職場及び家庭における男女間の性別役割分業の固定化の改善、とくに男性の積極的な育児参加によってパートナーである女性の就労継続(労政審の報告書でも、第一子出産後に約5割の女性が出産・育児により退職している現状が指摘)です。
 このように、この制度には警戒すべき点もあり、男性の育児休業取得を促進するための「特別の措置」に過ぎず、「将来の見直し」を前提に成立したものであることは忘れてはなりません(*5)。

5 さいごに

 このように、「男性版産休」ともてはやされる「出生時育児休業制度」は、男性の育児休業取得促進に向けて一定の意義を見いだせるとはいえ、職場風土など含め職場で現実に果たす役割については、警戒すべき点もありますので、運用時には注意が必要でしょう。

*1 「出生時育児休業制度」は、公布日(令和3年6月9日)から1年6月を超えない範囲内で政令で定める日に施行するとされています。
*2 今回の改正は、「出生時育児休業制度」以外にも、育児休業を取得しやすい雇用環境整備及び妊娠・出産の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付け、現行育休制度の分割取得、育児休業の取得の状況の公表の義務付け、有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和など、他にも労働組合等で活用されるべき重要な改正が含まれています。
*3  https://www.mhlw.go.jp/content/ 11900000/000788616.pdfを改変
*4 参議院厚生労働委員会(令和3年4月15日)で、打越さく良議員(立憲民主党)がこの点を指摘している。

 男性が育児休業を取得しづらい雰囲気とか、自分にしかできない仕事や担当している仕事があるということが本改正の背景にあるということなんですけれども、何かここはやっぱり引っかかるんですよね。これを真に受けて改正に進んでしまうのかと。
 確かに、職場に理解がないということかもしれないんですけれども、もう本当に、男性なのに、ええっ、育休なんか取得するのと、これ男性には女性以上に厳しいまなざしを向けられるかもしれないと。でも、それこそが今までの性別役割分業の結果であって、それに、旧来のあしき風潮、それに付き合っていていいのかと。それを克服すべきなのに、それに合わせるような制度じゃないかなというふうに思います。
 それに、男性の中には、自分にしかできない仕事があるという、これ自負があるのかもしれないんですけれども、ここに私、とてつもなく引っかかるんですね。女性だって同じなんですよね。私だって、休んだとき、これ自分にしかできない仕事や担当している仕事があったわけなんですけれども、それでも子供が生まれる以上しようがないと思って見切りを付けて休みに入るわけですよ。
 だから、やっぱり男でも女でも、出産直後の一時期くらいはもうケアに打ち込まなきゃと、もうやりがいのある仕事はあるんだけれども、もうこれはケアこそ大切な仕事だということで切り替えなきゃいけないということだと思います。(略)
 令和2年度の日本能率協会総合研究所の仕事と育児等の労働に関する実態把握のための調査で、子供、男性が、子供の年齢にかかわらず、つまり生まれて間もなくの頃でも、一番多い割合の21・4%が残業しながらフルタイムで働くと、土日祝日や定休日を中心に子育てするという回答をしているわけですね。一番多いんです、その割合が。だから、子供が幼くても仕事をセーブするつもりはない、そういう男性がまだまだ多いわけですね。
 だから、男性の意向に合わせていてはなかなか変わらないんじゃないか。だから、もう少し強く、男性が育児をするべきだ、育休を取るべきだ、取らねばならないんだというふうに変えていかないと世の中変わらないというふうに思うんですね。

*5 今回の出生時育児休業は、一定の範囲で特別な枠組みを設けることにより、男性の育児休業取得を促進するための特別な措置であり、男性の育児休業取得がより高い水準になり、この仕組みがなくてもその水準を保つことができるようになった場合には見直すこと(衆参の附帯決議3項)。