最近、社会保険労務士(以下、「社労士」と言います。)の非弁行為が疑われるケースをよく目にします。相談に来た労働者が「会社との面談で社労士から~と言われた」とか労働組合から「団体交渉に社労士が出てきている」などと報告を受けるといった具合です。
非弁行為に該当するか否かは法律解釈も必要で微妙な話も含まれますので、今回は、非弁行為該当性に関する議論はせず、そもそもなぜ非弁行為が禁止されるのか、労働事件への社労士の関与が及ぼす影響等についてお話しします。
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まず、非弁行為は、弁護士法において禁止されており、その違反については2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処するとされています(同法77条)。
(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
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神奈川県弁護士会に限らず、どの弁護士会においても非弁行為取締委員会というものが設けられています。同委員会は、非弁行為に関する情報提供等を受けて調査を行い、非弁行為であると判断されれば、警告や刑事告発等の対応をする役割を担っています。
弁護士が非弁行為の取締を行うことについては、単なる権益確保に過ぎないのではないかと考える方もおられるかもしれませんが、それは誤解であって、国民の公正円滑な法律生活を守るという公益目的に基づくものです。
最高裁もこう述べています。
「弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行なうことをその職務とするものであつて、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられる」(最大判昭和46年7月14日刑集25巻5号690頁)
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非弁のケースには、何らの資格も無い者が法律事務を扱う場合もありますが、いわゆる隣接士業がその権限の範囲を逸脱して法律事務を扱うケースも多々あります。
隣接士業の非弁行為としては、司法書士による裁判書類作成行為、債務整理など行政書士による代理人としての書面作成行為、交通事故事件への関与などが頻繁に見られるところですが、当事務所では労働事件に多数携わるため、非弁行為が疑われる事例としては社会保険労務士のケースも良く遭遇するのです。
流石に、弁護士が労働者側の代理人として就いた後においても社労士が前面に出てくることはあまりありませんが、労働組合との団体交渉において使用者側の代理人として出席したり、会社と労働者の対立関係が明確となった段階において社労士が会社(使用者)の代理人として労働者との面談等に出席するケースは良くあります。
弁護士が後日に労働者からの相談を受け、社労士から面談等で説明された内容を聞くと、訴訟等の形で裁判所に事件が持ち込まれた場合には使用者側の主張は到底通用しないようなものであることが多々あります。
社労士は、訴訟に精通しないため、裁判所からどのように判断されるかという点に関する見通しが弁護士ほど適切にできないのだと考えられます。
しかし、労働者は社労士の本来の業務内容を知りません。国家資格を有する専門家ということで、社労士の説明を鵜呑みにしてしまう場合もあり、労働者の権利の実現・保護の観点からその影響は甚大です。
また、見通しを誤ったアドバイスを受けた使用者は、労働者側に弁護士が就いても素直に誤りを認めず、あるいは後戻りできずに労働審判や訴訟に発展するなど紛争をこじらせる結果ともなります。
これは、使用者・労働者双方にとって不幸な結果です。
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平成17年の社会保険労務士法の改正によって、男女雇用機会均等法、育児介護休業法、短時間労働者の雇用管理の改善に関する法律などによる調停手続等における社労士の代理権限が認められ、平成27年の改正によって上限額が引き上げられるなどの動きがありました。社労士の非弁行為が散見されるようになった一因は、上記の改正によって非弁行為の線引きに関する混乱が生じていることにあると思われます。
今後も権限拡大に向けた活動は続けられるものと考えられますが、社会保険労務士法の改正が社労士の権益拡大を目的としてなされることはあってはなりません。
既に述べたとおり、非弁行為が禁止されるのは、国民の公正かつ円滑な法律生活を確保し、法律秩序が害されるのを防ぐためです。社労士にいかなる権限を付与するか(非弁の例外を認めるか)についても、それが国民の公正かつ円滑な法律生活の実現に資するものか否かという観点より検討されることを強く願います。