ロンドン再訪記/鵜飼良昭(事務所だより2005年8月発行第31号掲載)

news0508_small    連休明けの5月7日から10日まで、日本労働弁護団の英国調査に参加した。目的は、ET(雇用審判所)におけるレイメンバーの研修や労働時間法制(特にオプトアウト)を調べることである。私にとっては8年ぶりのロンドンであったが、前回97年4月の英国調査は、色々な意味でエポックなものであった。
 93年2月に始めた労働弁護団のホットライン活動を通じて、多くの労働者が無法なリストラの中で翻弄されている現実を知った。そして、泣き寝入りを強いられている一人ひとりの労働者の立ち上がりをサポートし、その権利を実現するための新たなルールやシステムの必要性を痛感した。労働弁護団が94年4月に公表した労働契約法制立法提言(第1次)は、その取り組みの第一弾である。提言をまとめるために、西谷先生にお願いして独の労働契約草案を送っていただいたり、葉山の合宿で熱心に議論したことが昨日のように思い起こされる。これは、個々の労働争議を勝利することが全てであった私にとって、新しい体験でありテーマとなった。  その延長が97年の英国調査であるが、現地で目の当たりにしたACASやET(当時はIT)には、新鮮な驚きを禁じ得なかった。ごくごく普通の労働者が、手軽にこれらの制度を利用している!わが国の現実と比較してみるせいか、私にはそこに法違反に対して泣き寝入りをさせないという社会の意思をすら感じたのである。なお、この調査のためかなり熱心に事前の勉強や準備を行った。菅野先生の研究室にも何回かおじゃましたし、毛塚先生の論文から学んだり、故野沢先生から貴重な助言を頂いたりした。本番の調査も、限られた時間の中で、必死で何かを得ようと根ほり葉ほり質問して辟易させたものである。
 それに引き換え今回の調査は、私にとってはかなり気楽な面があった。それは何といっても、昨年司法制度改革の一環として、労働審判法が成立したからである。私に言わせれば、この制度は「日本版労働参審制」であり、英国のETに最も近い制度である。93年からの我々の取り組みが、やっとひとつの形になったという達成感がある。しかし、日本で初めてのこの制度を、我々の努力でよりよいものに育てていくためには、労働審判員の研修をはじめとして、課題は山積しており、ここで一休みするわけには行かない。
 という訳で、今回のET訪問の主要な目的は、レイメンバー(労使の審判員)の研修であった。研修の責任者であるレイサム氏(ETのロンドン中央地域の議長)によれば、現在の研修方法が確立したのは、この7、8年であるという。従来は全てレクチャー形式であったものが、現在のメインはケーススタディで、グループワークの占める割合が多い。それは、自分の頭で考え意見を述べる能力を開発するため。レイメンバーに求められるのは法の専門家ではなく、職場で培った経験とスキルであるが、具体的な事件の審理でそれを活用するため、司法判断の枠組図や事件類型毎のフローチャートが多用されている。経験主義の社会らしく、研修受講者に、実際の審理に使えたか使えなかったかのアンケートを実施して、2、3カ月おきに検討しているという。調査で学んだいくつかは、早速日本に帰って労働審判員の研修に利用させて貰っている。
 今回、03年7月に日弁連の招請で来日し、司法制度改革推進本部労働検討会のメンバーに労使の参加の有用性を説明してくれたEAT(雇用上訴審判所)のピータークラーク判事と再会することができた。その際、同判事と労使のレイメンバーから、労働審判制について逆取材を受けたが、私にとっては夢のようでもあった。いつの日にか、労働審判の運用状況についてお互いの経験を報告できる機会が来ればと思った。
 英国でも、グローバル化や市場競争の激化を背景として、労働者の生活・権利や労働運動は、厳しい試練にさらされている。しかし、職場で法や人権を確立するために、多くの人々が努力している姿は、勇気を与えてくれた。
 調査の合間を縫って、T弁護士の案内でテムズ川の畔にあるパブ「ディケンズ」でエールを飲み、ミュージカル「レ・ミゼラブル」を見て、ロンドンをあとにしたのであった。
(この原稿は、日本労働弁護団季刊誌「労働者の権利」に掲載したものに若干手を入れました。)

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