コロナ禍と奨学金制度/西川治(事務所だより2021年1月発行第62号掲載)

 私が事務局次長を務める奨学金問題対策全国会議では、今年5月、「新型コロナウイルス感染症の影響から学費と生活費に苦しむ学生を守るための緊急提言」を発表し、日本学生支援機構の貸与制奨学金について、在学採用(進学前ではなく、年度初めに在学生を対象に行われる採用)を通年採用すること、貸与月額の上限を引き上げることなどを提案しました(*1)。
 新型コロナウイルス感染症の学生に対する影響は、これまでの学生に対する経済的支援制度が想定しないものでした。

【表1】【表2】【表3】は省略していますので,PDFでご覧いただくことをお勧めします。


 これまでの学生に対する経済的支援制度は、「学費は親が負担すべき」という前提のもとで、「親が学費を負担できない学生を支援する」という枠組みで整備されてきました。親の失業や実家の被災など、親の経済状況が急変した場合については、緊急採用・応急採用などの制度が設けられ、多くは対処可能です(適切に制度を活用できることが前提です。また、進学自体の断念や退学防止の限りであって、将来の返還負担は別です。)。
 他方、学生自身の状況の急変は想定されていません。親の経済状況に変化がなければ、学生自身のアルバイト収入が断たれた場合も特別の手当てはありません。もともと家計が厳しい状況にあれば、奨学金の在学採用に申し込むことはできますが、これはアルバイト収入の有無にかかわらず可能です。また、在学採用が締め切られた後は、利用不可です。

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 しかし、アルバイト収入の喪失は、今や学生生活に重大な影響を与えてしまいます。
 奨学金(特に日本学生支援機構の無利子奨学金)の貸与額は、【表1】のとおり、学生生活を送るために必要な金額(学生生活費)の一部にすぎません。不足額は国立大・自宅通学の場合で月約5万円、私立大・自宅通学で月約10万円、私立大・下宿等では地域により月15万円超に上ります。
 不足額は、概ね仕送り(家庭からの給付)の額と一致しています。無利子奨学金の貸与額は、平均的な仕送りを受けている学生が、無利子奨学金を利用することで、アルバイトなしで学生生活を送ることができる水準といえます。
 しかし、この仕送りの額は全体の平均にすぎません。【表2】のとおり、学生の3分の2は、アルバイトをしなくても平均的な学生生活を送るのに十分な仕送りをもらっています(*3)。逆に、残りの3分の1の学生の仕送り額は、【表1】の平均的な仕送り額より相当少ないはずです。4~5%ですが、仕送りがない学生もいます。
 これらの学生にとって、アルバイト収入はなくてはならないものであり、アルバイトなしに経済的支援制度だけで対応することは容易ではありません(例えば、【表1】私立・下宿等の不足額136,200~152,800円を有利子奨学金を併用して賄おうとしても、有利子奨学金の上限は原則12万円で不足します。)。

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 学生アルバイトで最も多いのは「飲食業」で、大学生(昼間部)全体の42.9%を占めます。次に多い「販売」を合わせて67.2%。「事務」や「軽作業」も合計すると76.7%です(*2)。
 新型コロナウイルス感染症や緊急事態宣言により、これらの職種が甚大な影響を受けたことはご承知のとおりです。学生アルバイトはシフト(時給)制が多く、シフトに入れないと無収入です(*4)。
 ちなみに、「塾講師や家庭教師など」は、大学生(昼間部)全体で12.8%、時給も他の職種と大した差はありません(*5)。

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 このような事態は従前想定されていなかったものであり、今般の政府の対応でもほとんど想定されていないように見えます。
 日本では学費負担の軽減を訴える側も政府負担の削減を目指す側も、高等教育の学費を、「社会が負担」するか(=税で賄う)、「本人が負担」するかという対立軸ではなく、「社会が負担」するか「家族が負担」するか、という対立軸でみてきたため、このような学生自身のアルバイト収入の喪失という視点が欠けていたのでしょう。
 これを機に制度全体を見直すべきですが、それを待つ時間はありません。奨学金問題対策全国会議では、既存制度の手直しで対応できるものとして、当面は在学採用の申込期限をなくし、いつでも奨学金を新たに借りられるようにすること、奨学金を利用していた学生がアルバイト収入を失った場合に備えて貸与額上限を引き上げることなどを提案しています(*6)。

*1 https://syogakukin.zenkokukaigi.net/
*2 日本学生支援機構平成30年度学生生活調査結果による。 
*3 学生(大学昼間部)の47.5%は奨学金を受給しており(上記*2)、この「仕送りだけで修学可能」という学生の一部は奨学金を受給しており、「仕送りと奨学金で修学できる」(奨学金なしで仕送りのみでは難しい)学生も含まれるでしょう。
*4 労働基準法に照らし許されるかは別として、現実には休業手当含め支払われない場合が大半でしょう。
*5 *2の学生生活調査結果記載の岩田弘三教授(武蔵野大学)の計算によれば、「塾講師・家庭教師など」と「飲食業」とで時給の差は、【表3】のとおり、わずか124円です。
 最低賃金が上がったこともありますが、塾講師の賃金は決して高くありません。先日、ある個別指導塾のコマ給を時間あたりに換算したところ、ほぼ最低賃金でした。
*6 授業がリモートになったことを受け、授業料の半額返還を求める動きがありましたが、次の理由から私は懐疑的です。
 前記の家族負担主義の下、3分の2の家族(親)は学費を負担できている以上、授業料半額返還の多くは学生ではなく家族(親)への支援となります。しかし、収入面で大きな影響を受けていないか、影響を受けたもののなお学費負担が可能な家族(親)も多く、これらの家族(親)への支援は、進学断念や中退防止の観点からは優先課題とはいえません(将来的には家族負担をなくし、社会と本人の負担に移行すべきと考えています。)。
 今は、学生や家族(親)が収入に大きな影響を受けた場合を優先すべきであり、既にある大学等修学支援制度での支援の拡大(アルバイト収入見込み分の増額など)、収入急減者への授業料免除などに充てるべきです。
 ただし、授業料は大学等の卒業資格を得るための対価という面があるため上記の考えを採りますが、私立の施設設備費はそのような性質があるとは言い難く、現に大学施設を利用できない以上、普段どおり徴収することに疑問を抱かざるを得ません。(一社)日本私立大学連盟は施設設備費を「将来の設備充実のための投資資金」としていますが(2020年9月17日、同ウェブサイト)、なぜ学生や家族が大学の「投資資金」を負担しなければならないのか不明です。
 なお、「リモート授業で質が落ちたから授業料を半分返してほしい」というのは、「サービスの質が低下したから料金を下げよ」という主張であり、逆に言えば「サービスに見合った料金(授業料)を払うべきだ」という主張と同じ考えに立ちます。
 これは「受益者負担論」と呼ばれ、長年にわたり学費値上げの論拠とされてきました。学費負担軽減を求める側が、これまで批判してきた理屈を持ち出して学費負担軽減を主張するという点でこれまでにない特徴といえますし、私は違和感があります。