「やりがいの搾取」という言葉が世間に周知されたのは、本田由紀教授(東京大学)による分析が契機です(*1)。
今年、内田良准教授(名古屋大学)、工藤祥子さん(過労死家族の会)、齊藤ひでみさん(高校教員)と「みんなの学校安心プロジェクト」を立ち上げ、教員の労働問題をテーマに連続でオンラインイベントを企画してきました。そこに本田教授にもご登壇いただいきましたが(「教員の働き方改革は『やりがい搾取』か?」)大盛況でした(*2)。
本田教授はこの「やりがいの搾取」を、「働かせる側が、適正な賃金や労働時間という条件を保証することなく、働く者から高水準のエネルギー・貢献・時間を動員するために、『やりがい』を仕事に付加して『自己実現系ワーカホリック』を生み出すこと」、と定義されます。
そして、この「やりがい」の種類として、①趣味性(自分の好きなことを仕事にする)②ゲーム性(裁量に基づいて成果を最大化する)③奉仕性(顧客のニーズに最大限応えようとする)④カルト性(高揚した雰囲気や身振りで巻き込む)⑤神聖性(崇高な価値や魅力、美を追究する等)があると指摘されました。
そのうえで、本田教授は、そのいずれもが教員の「やりがいの搾取」に当てはまる面があると分析をされました。例えば、①趣味性としての自分が興味を持っている強化の指導や長時間労働の要因と指摘される部活指導、②ゲーム性として、自分の教え方で児童らの「学力」があがる点、③奉仕性として子どものため・献身さなど、④カルト性として、児童・生徒と熱く燃える!状態、⑤神聖性として、子どものため・聖職であるという点など。
公立学校の教員は、本来は法的に長時間労働の歯止めである「残業代」が、給特法下で払われていない実態があります。それも相まって、教員のやりがいが「搾取」されている現実があります。
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さて、この「やりがいの搾取」ですが、教員に限った問題ではありません(本田教授の分析も、教員だけを念頭に置いたものではありません)。そして、新型コロナウィルスの感染が拡大する中、「エッセンシャル・ワーカー」と称される労働者でも、この「やりがいの搾取」も拡大しているように思います。
「エッセンシャル・ワーカー」とは、新型コロナウィルスの感染拡大が拡がる最中、社会の機能を維持するため、最前線で感染リスクを負いながらも就労している労働者のことを指します。たとえば、教育分野に限らず、医療、介護職、交通、飲食、小売り、各種公務員など、多様な分野でエッセンシャル・ワーカーが奮闘しています。
感染リスクと闘いながら、仕事への「誇り」を胸に日本社会を支えるため奮闘するエッセンシャル・ワーカーの活躍は素晴らしいのですが、適正な賃金が支払われない、不十分な感染対策のまま「社会のため」就労を強いられるのは、あってはならないことです。社会の機能を維持するために、例えば患者を救うため奮闘する医療従事者の仕事は、このコロナ禍においては、先に本田教授が示す③奉仕性などがより一層強くなり、「やりがい」が搾取されやすい職種といえるでしょう。
私は、こういったエッセンシャル・ワーカーの仕事に対する「やりがい」は、労働者の「誇り」でもあり否定すべきではないと思っています。多くの時間を費やす労働が、賃金を得て生活するための手段を超え充足感を与えるものであれば、人生をより豊かにします。私の認識では、どんな労働者も、外部からは分かりにくくても多かれ少なかれ労働者は自分の仕事に「誇り」を持っているものです。
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ともあれ、問題は、労働者が自分の仕事に「やりがい」をもっていることではなく、「やりがい」を錦の御旗に、適正な賃金や労働時間規制が確保されない状況が放置され「搾取」されている点です。とりわけ、コロナ禍で、自分がやらなければという使命感・責任感に追い込まれ、当たり前の労働条件が奪われている労働者も少なくありません。
「やりがいの搾取」を受け入れることを、美談にしてはなりません。当該労働者の周囲という狭い範囲、且つ、一時的には社会の役にたっても、「搾取」が当たり前の職場環境を黙認すると、受け入れられない労働者が排除され、エッセンシャルワーカ-を減らすことにも繋がりかねません。
労働者が「やりがい」を理由に無抵抗に受け入れてしまうと、本来は使用者がなすべき職場環境改善の機運を奪うことになりかねず、そのような職場には耐えられず就労を拒否して離職する労働者を増やすことにつながり悪循環ですから、エッセンシャルワーカ-こそ、適正な就労環境を求めて声を挙げることが重要です。私も弁護士としてこれをサポートしていきたいと思います。
皆さんの周りに、「やりがいの搾取」はありませんか?
*1 詳しくは、本田教授著「軋む社会」(河出文庫)をご覧下さい。
*2 当日参加者数だけでも約600名。現在もYouTubeの「内田良の学校カエルちゃんねる」でご視聴いただけます。