マンション欠陥訴訟のその後/大塚達生(事務所だより2021年1月発行第62号掲載)

 たより第54号(2017年1月発行)とたより第58号(2019年1月発行)で、私たちが訴訟に取り組んでいる構造スリット欠落問題について、ご紹介しました。本稿は、その続きです。以前書いた文章の繰り返しとなる部分もあること、お許しください。

 

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 あるマンションで、建物全体の検査を検査専門会社に依頼したところ、構造スリットが設計されている多数の箇所において、実際にはスリット材がないことが判明しました。また、これ以外にも多くの欠陥が見つかりました。マンションの管理組合が中心となり、この欠陥問題について、マンション販売会社と交渉しましたが、交渉では解決しませんでした。やむなく、管理組合は法人化し、区分所有者らとともに原告となって、販売会社と工事施工会社に対する損害賠償請求訴訟を、裁判所に起こしました。

 この訴訟は、途中で、調停手続に付され、建築士である専門家調停委員にも関与していただき、裁判所で訴訟手続と調停手続が同時進行(並進方式)することとなりました(建築関係訴訟ではよくあるやり方です)。被告会社らが欠陥の存在について争ったため、改めて構造スリットの施工の有無について調査することとなりました。裁判官、専門家調停委員、弁護士ら(原告、被告のそれぞれの代理人)が協議して、調査箇所と調査方法を決め、それに基づいて調査が行われました。その結果、調査箇所の全てにおいてスリット材がないことが確認されました。
 訴訟を起こしてからこの調査結果が出るまでに3年半が経過していましたが、調査結果を受けて、裁判所での和解協議が大きく進展しました。そして、和解が成立し、原告らは、マンション建物の安全化のための補修工事に向けて、進み出しました。
 長期間にわたり複雑な建築事案の訴訟手続兼調停手続に取り組んでくださった裁判官と専門家調停委員には、感謝いたします。

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 構造スリット(耐震スリットとも呼びます。)とは、地震や風圧等の水平力に対して、柱と梁で構成されるフレームの変形能力によって対応する構造(ラーメン構造)の建物において、フレームの変形能力を阻害しないよう、フレーム内の壁をフレームの動きから切り離しておく箇所のことです。
 構造スリットは、スリット材と呼ばれる変形追随性能を備えた材を設置することにより作られ、フレームと壁がこれによって切り離されることになります。
 構造スリットを適切に設置しないと、地震時にフレームの変形能力が阻害され、フレームに損傷が生じたり、壁が損壊することになりますので、構造スリットが設計されている箇所にスリット材がないということは、建物の安全性に関わる重大な欠陥です。

 しかし、スリット材は完成した建物の表面からは見えないため、建物の外見だけでは、スリット材が本当に設置されているのか、設置されていないのか、判断することが困難です。また、分譲マンションの場合、購入した方は、建物のどの箇所に構造スリットを設置するように設計されているのか、認識していないことが多く、構造スリットの施工状況を確認してみようとは思わないのが普通です。
 構造スリットが設計されているにもかかわらず、実際にはスリット材が施工されていないという欠陥建築物(所有者がそのことに気づいていない)は、かなり存在するのではないかと思います。
 少し古い文書ですが、平成13年5月1日付けで東京都都市計画局建築指導部長が建築関係団体宛てに発した「建築工事の品質確保について(依頼)」という通知には、参考事例として、「中間検査等の際にこれらスリットが施工されていないケースがみられ」と書かれています。

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 政府の地震調査研究推進本部地震調査委員会は、「相模トラフ沿いの地震活動の長期評価」を公表しています。平成26年4月25日に公表した「第二版」の「相模トラフ沿いで次に発生する地震について」「プレートの沈み込みに伴うM7程度の地震」という項では、「対象領域内でのM7程度の地震の今後30年以内の発生確率は70%程度、今後50年以内の発生確率は80%程度と推定される。」と述べています。
 このように南関東域において高い確率で今後の巨大な地震の発生が予測されていることを考えますと、構造スリットが設計されているにもかかわらず、スリット材が施工されていないという欠陥建築物は、とても危険です。
 私が担当した訴訟の原告の方々が、危険な建物を購入してしまったことは災難でしたが、和解が成立し補修工事に向けて進み出せたことはよかったと思います。