「給特法」と呼ばれる法律をご存じでしょうか。
給特法により公立学校の教員は、他の労働者とは異なり残業代が支払われません。
給特法では、給料月額の4%相当の教職調整額を支給する代わり、時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しないとされ、いわゆる超勤4項目(①校外実習等、②学校行事、③職員会議、④非常災害等)を除き時間外労働を命じることはできない建前になっています。にもかかわらず、現実には教員の「自発性」による業務遂行とされ、部活動指導等で恒常的に発生する時間外勤務を「労働」とすら取り扱われず、時間外労働が常態化しているのです。
現在、公立学校教員の長時間労働が大きな社会問題となり、志半ばで長時間労働に耐えられず早期離職する方、健康を害し職場を離れる方、さらには過労死等のケースもあります。
このような教員の長時間労働の元凶になっているのが、この給特法です。
そもそも労基法が、残業代の割増賃金支払いを命じる趣旨は、長時間労働の抑制です。使用者はこの割増賃金支払いを避けようと、労働時間削減に向けて真摯に努力するのです。
しかし、給特法下では、使用者に残業代支払い義務が課されないため、労働時間管理の意識が鈍くなり、労働時間管理も曖昧になります。教員に過大な業務を命じることに躊躇がなくなり、長時間労働が蔓延する元凶となっているのです。
そんな中、2019年12月4日、給特法改正案が成立し、公立学校の教員に対して、新たに1年単位の変形労働時間制を導入可能とされました。その審議中、私は衆議院でこの問題について参考人として招致され、導入反対の意見を述べる機会をいただきました(*1)が、残念ながら成立してしまいました。
政府が変形労働時間制導入の狙いとするのは、「休日のまとめ取り」ですが、私はこの「休日のまとめ取り」自体には反対しません。「休日のまとめ取り」だけで、教員の長時間労働の全ては解決しませんが、休日を増やす方向性の議論は賛成です。
ですが、その目的達成の手段として、1年間の変形労働時間制導入は、何ら合理性がありません。
そもそも、休日まとめ取りを実現したいのであれば、地方公共団体が追加で新たに夏季休み期間に連続した特別休暇を新たに付与する条例を設ければ良いだけです(*2)。国がそれを推奨したいのなら、これを推奨する法律を規定すれば足ります。
しかも、必要性もなく導入されるこの変形労働時間制は、労基法の厳格な導入要件を歪めて導入される弊害もあります。
そもそも、変形労働時間制は、1日・1週間単位の労働時間規制の「枠」を取り払う、危険な例外的な制度です。ですから、労基法には、詳細に定めた労使協定の策定と、所轄の労働基準監督署への届出、恒常的な長時間労働の職場では導入できないなど、厳格な縛りがあります。
ですが、成立した法律では、労使協定も労働基準監督署への届出も要件とされず、教員職場は恒常的な長時間労働ですから導入できる状況にはありません。
そもそも、元凶である給特法の問題に正面から切り込まず、将来改正する方向性すら明示せぬ本改正は、その場しのぎの誤魔化しなのです。
給特法の問題については、教員に支払うことになる予算の問題が取りあげられます。ですが、私の認識だと、教員の側から、現状の働き方を変えず、とにかく残業代が欲しいと、お金の問題だけを取りあげる意見は少ないです。
教員側の意見の多くは、ブラックボックスになったこの問題に着手し、業務を削減して人員を増やし、教員の長時間労働を削減して欲しいという意見です。
残業代が目的ではないのですから、本当の改革に着手すれば、業務改善されることで、予想されるほど予算が増えることもないでしょう(*3)。
法案は成立してしまいましたが、現場に導入されるには、別途条例制定が必要ですから、今後は条例制定を許さぬよう、周知に努めていきたいと思います。
教員の長時間労働の問題は、教員の命や健康、生活時間の問題であると同時に、教育の質に直結する、私たち市民社会全体の問題です。抜本的な給特法改正は、これまで教員の無賃労働によりサービスを享受してきた私たち市民にも影響はあるでしょうが、そこも含め、私たち一人一人の問題として向き合っていくべきだと思います。
*1 衆議院での参考人としての意見陳述や質疑等は、衆議院インターネット審議中継(2019年11月12日文部科学委員会)で見ることもできます。
*2 良くある誤解ですが、現在、教員が夏休みは暇であるという状況はありません。
*3 さらに、残業分を残業代ではなく、一部又は全部を休暇で支払う制度導入も検討されるべきで、そうすればさらに予算増加額は目減りします。このテーマは、2016年12月に連合総研が発表した「とりもどせ!教職員の『生活時間』」(日教組委託研究)の中で毛塚勝利教授により「調整休暇制度」として提唱されています。