「高等教育無償化」新制度~「看板に偽りあり」だが大事な一歩~/西川治(事務所だより2020年1月発行第60号掲載)

 2020年4月から「高等教育の無償化」がスタートします。
 昨年5月に法律が可決されたときは、「高等教育無償化」法成立として取り上げられ、その後も関連する報道がなされていますから、特にこれから大学や専門学校への進学を控えるお子さんがいるご家庭を中心に、関心のお持ちの方も多いでしょう。
 この法律は、正式には「大学等における修学の支援に関する法律」といいます。今回は、この法律やこれに基づく新制度の内容、課題などについて取り上げます。

1 おさらい

 たより56号(2018年1月発行)の拙稿で、『「高等教育無償化」とは何か』として、当時議論されていた「高等教育無償化」について取り上げています
 簡単に内容を振り返りますと、以下の内容となっています。

  • 「高等教育」は、大学(短大を含む)や専門学校での教育をいい、高校は含まない。
  • 国際人権A規約13条2項(c)に「高等教育における無償教育の漸進的導入」が定められ、1960~70年代には欧米諸国で実際に高等教育は無償化された。
  • 日本は、国際人権A規約の批准にあたり、「高等教育における無償教育の漸進的導入」には従わないことを宣言(「留保」)して、2000年代半ばまで大学の学費は大きく引き上げられてきた。
  • 親の収入も減少し、大学の学費は親が負担するのが当たり前、実際に多くの親が負担できる、という時代は過ぎ去った。
  • 2012年9月、民主党政権が「留保」を撤回し、日本は国際人権A規約に基づいて無償教育の漸進的導入を進める義務を負い、授業料免除や無利子奨学金の枠が拡充されていった。

 今回の新制度も、このように高等教育の学費値上げから学費負担軽減へと流れが大きく変わってきた中で導入されたものです。

2 新制度の概要
⑴ はじめに

 新制度は、簡単に説明すると、
①住民税非課税世帯など低所得層を対象として、
②入学金・授業料の免除と、給付制奨学金(返還不要の奨学金)の支給をセットで行う、
というものです。

⑵ 誰が対象になるか

 対象となるのは、大学・短期大学・高等専門学校・専門学校の学生等のうち、次のア・イの方です。

ア 住民税非課税世帯
イ アに「準ずる世帯」(家族4人で年収380万円以下が目安となっていますが、家族構成等により高くも低くもなります。)

 成績基準は、大学の成績であれば上位2分の1が基本ですが、これを満たせなくても面接や作文等によりクリアできる仕組みになっており、現行の給付制奨学金よりも大幅な緩和となっています(独立行政法人日本学生支援機構令23条の2第2項)。ただし、3浪以上や社会人入学など、高校卒業から入学までに間が空くと対象外で、原則として一生で1度しか使えません(法施行規則10条1項1号)。

⑶ 支援内容
ア 授業料等減免

 大学等が授業料及び入学金を減免する制度を設け、その費用を国又は地方公共団体が負担します。
 減免額の上限は、住民税非課税世帯の場合、国公立では国立の授業料・入学金標準額(国立大学等の授業料その他の費用に関する省令2条)、私立は入学金につき平均額、授業料につき私立平均額と国立標準額の平均額です。
 「準ずる世帯」の場合、所得に応じて、減免額の上限は、この額の2/3や1/3に制限されます。
 各大学等の授業料や入学金が、上限額を超えている場合、超えた部分を減免するかどうかは各大学等の判断に委ねられています。

授業料減免上限額(概数・万円/住民税非課税世帯)

設置者 区分 大学 短期大学 高専 専門学校
国公立 授業料 54 39 23 17
入学金 28 17 8 7
私立 授業料 70 62 70 59
入学金 26 25 13 16

イ 学資支給(給付制奨学金)

 学資支給としてとして以下の額が支給されます(概数・万円/住民税非課税世帯)。
 ただし、成績が悪い場合などには支給を打ち切り、最大で支給済の額に40%を上乗せして返すように言われることがあります。

  • 国公立
    • 自宅通学 35万円
    • 自宅外通学 80万円
  • 私立
    • 自宅通学 46万円
    • 自宅外通学 91万円

⑷ 対象にならない大学等

 すべての大学等が対象となるわけではなく、対象となる大学等には一定の要件があります。
 具体的な要件は、実務家教員による授業等が標準単位の1割以上、理事等に学外者を複数任命すること、シラバスやGPAの公表等の成績評価の適正な管理、財務諸表等の公表、私立大学等では経営に重大な問題がないこと(法7条、法施行規則2条、3条)であり、2019年12月20日時点ですべての国公立大学・短大、高等専門学校のほか、私立大学・短大の96.5%、専門学校の62.3%が対象となっています。
 特に専門学校は3分の1以上が対象外ですから、進学する前に希望する学校が対象になっているか確認しておく必要があります。

3 新制度の意義

 これまで、日本では、大学等の学費は親(家族)が負担するのが当然、という前提の下に、学費を親(家族)が負担できない場合は、学費を貸す(貸与制奨学金)という発想で制度設計がなされてきました。
 そういった中で、授業料等の減免と給付制奨学金により学生生活費の相当部分を賄える仕組みができたことは、もっぱら私費負担の増大であった戦後日本の学費をめぐる動きの中で大きな変化です。
 特に、生活保護世帯等から進学しようとする場合の影響は大きいものがあると考えています。私は、生活保護世帯の方などから、進学費用について相談を受けることもありますが、生活保護世帯であれば新制度の所得基準を満たしますし、従前の給付制奨学金に比べて学力基準が緩和されたため、高校でトップ争いをするようないい成績を取っていないと難しい、という心配もなくなりました。
 また、特に私立大学等では、入学前に入学金費用のほか、授業料等の納付を求められることも多いのですが、生活保護費のやりくりや高校在学中のアルバイト収入を授業料等に充てることが許されていないため、この支払に苦慮することも少なくありませんでした。
 今後は、授業料免除の対象となる学生は、事前の授業料の納付を求められずに済むことが期待されます。

4 新制度の課題
⑴ 支援を受けても学生生活費に不足すること

 平均的な学生生活費と比較すると、新制度による支援を受けても最大88万円が不足します(下表)。「準ずる世帯」や首都圏・京阪神など生活費の高い地域、私立大理系学部等への進学であればさらに不足します。
 新制度では、無利子奨学金の利用が制限されます。住民税非課税世帯や2/3支援の「準ずる世帯」ではほとんどの場合、無利子奨学金は利用できません。
 有利子奨学金は利用できますが、低所得層では借金への抵抗感が強い場合があります(「ローン回避傾向」)。アルバイトをしすぎて学業に支障を来すことが懸念されます。

設置者 区分 学生生活費 非課税世帯 年収300万円未満
(準ずる世帯2/3支援)
年収380万円未満
(準ずる世帯1/3支援)
支援額 不足額 支援額 不足額 支援額 不足額
国公立 自宅 109 89 20 59 50 29 80
自宅外 174 134 40 89 85 45 129
私立 自宅 176 116 60 77 99 39 137
自宅外 249 161 88 107 142 54 195

⑵ 入学時の選択肢が狭められること

 入学金の減免は1回限りですから、いわゆる「滑り止め」として複数大学で入学手続をするということは困難であり、私立大学を「滑り止め」に国公立大学を受験するという選択肢は容易ではありません。ただし、そもそも高額の入学金制度は国際的にはかなり珍しく、日本の大学受験の仕組みの問題ともいえます。
 また、入学手続時に授業料等を事前に納付するよう求めることは禁止されていないようですし、入学金、授業料以外の諸費用は減免対象となりませんから、大学等が自主的にこれらの納付時期や費目を見直さない場合、特に生活保護世帯で深刻な、入学前の費用が払えない、という問題が残ります。

⑶ 中間層への負担軽減は一切ないこと

 日本学生支援機構の学生生活調査によれば、学生生活を送るためには、自宅から国公立大学に通う場合で年100万円、下宿して私立大学に通う場合で年250万円がかかりますから、「4人家族で年収380万円」という収入基準をオーバーしていても、学費の負担が重い、というご家庭は多いでしょう。
 しかし、収入基準を超える低所得~中所得層には、一切新制度のメリットはありません。むしろ、次の⑷のとおりデメリットがある場合もあります。

⑷ 各大学等の授業料免除等が大幅に縮小されかねないこと

 国立大学等については、以前から授業料免除が行われており、新制度では対象にならない所得でも免除される場合がありましたが、新制度導入に合わせ、国はこの授業料免除のための予算をなくすとしています(在学生については経過措置あり。)。多くの国立大学等が、授業料免除制度の対象者を新制度に合わせて縮小することが懸念されます。
 また、いくつかの国立大学は、標準額を超える授業料を設定していますが(2019年度から東京芸術大学、東京工業大学、2020年度から一橋大学、千葉大学。)、標準額との差額も免除されるのか、本稿執筆時点では各大学のウェブサイトには記載が見当たりません。
 私立大学にも私学助成を通じて授業料免除のための費用が補助されていましたが、こちらの動向も気になります。

⑸ その他の課題

 進学後の学習状況によって打切りもあり、留年することなく最短期間での卒業が求められます。新制度による支援だけでは学生生活を送る費用が不足することは⑴で見たとおりであり、アルバイト漬けの結果、成績が下がり、打切り、さらには支援額の返還を求められる、という負のループが懸念されます。少なくとも返還を求めるのは詐欺的な受給に限るべきでしょう。
 対象となる大学等の要件は、法施行規則で定められているため、国会で法律を改正しなくても変更できます。要件の定め方によっては、学生の選択肢を不合理に狭め、大学の自治や学問の自由への不当な介入となる恐れがあります。
 財源は消費税の増税分とされています(附則4条)。教育の機会均等は、所得の再分配によって実現すべきであり、学生の生活と直接関わる消費税増税を財源として明示することには違和感があります。特に、財源が指定されることにより、今後、支援の対象が拡大されないことが強く懸念されます。

5 最後に

 以上のとおり、「高等教育無償化」というフレーズについては、多くの学生やその家族にとっては何のメリットもなく、対象者にとっても完全な「無償」が実現されるわけではないことから、「看板に偽りあり」と言わなければなりません。
 しかし、「高等教育無償化のためのワンステップ」として、大きな一歩であることは間違いありません。
 奨学金問題対策全国会議では、2019年5月、『「奨学金」制度改善への政策提言』を取りまとめました。私も事務局次長として、貸与制奨学金の返還を中心に、負担と不安を軽減するための制度提言を中心に、授業料免除制度や学生生活費全般の負担軽減、福祉的貸付制度などの検討、返還困難の背景にある雇用・労働の問題や日本の学費・奨学金制度の変遷、諸外国の学費・奨学金制度など幅広く取り上げる内容となっています。
 多くの低所得~中間層の学生やその家族が頼みとするのは、貸与制奨学金であり、その返還負担や返還へ向けた不安を軽減することが、実際には最重要課題ですが、今回の新制度では何ら制度変更が予定されていません。
 今回の新制度で解決済みとするのではなく、むしろ新制度を高等教育無償化のための大きな一歩とするためにも、貸与制奨学金制度の改善へ向けて、具体的な提案を行っていきたいと考えています。