労働問題>労働条件(解説2)

  就業規則が労働者に不利益に変更されたら

弁護士 大塚達生


1 就業規則に関心をもちましょう
2 就業規則が不利益に変更されたら
3 変更が合理的なものかどうかのチェック
4 労働組合または労働者代表の意見は慎重に


1  就業規則に関心をもちましょう

 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効となり、無効となった部分は、就業規則で定める基準によることとなります(労働基準法93条、労働契約法12条)。

 つまり、就業規則で定められた労働条件を下回る労働条件は、たとえ個別に合意したとしても無効になり、無効となった部分は、就業規則どおりの労働条件によることになるわけです。

 このような意味で、就業規則には、使用者と労働者の合意を制限し、職場の労働条件の最低基準を設定する機能があるといえます。

 しかし、就業規則は、使用者が作成するものです。使用者が変更することもできます。
 もし使用者が就業規則の規定を変更し、就業規則に定めていた労働条件を切り下げてしまうと、最低基準そのものが低下してしまいます。

 ですから、労働者は、自分の職場に適用されている就業規則について、いつも関心をもつ必要があります。(注1)
 知らないうちに就業規則が不利益に変更されたりしていないか、注意することが必要です。(注2)

2  就業規則が不利益に変更されたら

 では、もし就業規則の規定が不利益に変更された場合、労働者は必ずそれを受け入れなければならないのでしょうか。

 この問題は、労働契約法9条の例外を定めた同法10条の規定によって判断されることになります。9条と10条は次のように定めています。

<9条>
 「 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。
  ただし、次条の場合は、この限りでない。 」

<10条>
「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。
 ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」

 労働契約法9条及び10条の内容は、それまでの最高裁判所の裁判例によって確立された判例法理に沿ったものです。
 平成19年に制定された労働契約法(平成20年3月1日施行)は、それまでの判例法理を、このように明文化しました。

 この規定の構造を簡略にいうと、次のとおりです。

(1) 使用者が労働者と合意することなく就業規則の変更により労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することは、原則的にできません。

(2) しかし、①使用者が変更後の就業規則を労働者に周知させたこと及び②就業規則の変更が合理的なものであることという2つの要件を満たした場合には、例外的に、労働契約の内容である労働条件は、変更後の就業規則に定めるところによることになります。

(3) ただし、就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、労働契約法12条に該当する場合(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合 注3)を除き、その合意が優先し、変更後の就業規則による影響を受けません。

 したがって、変更後の就業規則を労働者に周知させていない場合、労働者は変更後の就業規則の規定には拘束されません。
 また、変更が合理的なものとはいえない場合、労働者は変更後の就業規則の規定には拘束されません。

3 変更が合理的なものかどうかのチェック

 問題は、不利益な変更が合理的なものなのか否かについての判断基準です。

 労働契約法10条の規定から、次の点を総合的に考慮して判断することになります。(注4)
 (1) 労働者の受ける不利益の程度
 (2) 労働条件の変更の必要性
 (3) 変更後の就業規則の内容の相当性
 (4) 労働組合等との交渉の状況
 (5) その他の就業規則の変更に係る事情

 なお、過去の裁判例では、特に賃金・退職金など重要な労働条件に関する不利益変更は、高度の必要性に基づいた合理性がある場合に限って、労働者に対する拘束力をもつとされています(大曲市農協事件最高裁判決昭63.2.16、第四銀行事件最高裁判決平9.2.28)。
 この判例法理は、労働契約法10条の下でも変わりありません。

 合理的か否かの判断基準は抽象的であり、具体的な事案にあてはめて判断するのは難しいのですが、概ね次のことはいえます。

ⅰ 労働条件を変更する業務上の必要性が低いのに、労働者が受ける不利益の程度が大きければ、合理的であると認めにくくなります。

ⅱ ある特定の層(例えばある特定の年齢層、職種、職位)だけに不利益な変更が行われる場合、そのようにする業務上の必要性と変更内容の相当性がなければ、合理的であると認めにくくなります。

ⅲ 「代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況」の有無は、変更後の内容の相当性に影響します。
  一部の労働者が特に大きな不利益を被る場合、この労働者に対する代償措置ないし激変緩和措置を設けないと(設けたとしても、それが不十分だと)、変更が合理的であると認められない傾向があります。
  みちのく銀行事件最高裁判決平12.9.7は、一部の労働者(特定の層の従業員)のみが大幅な不利益(賃金低下)を被り、それらの者は他の層と違って労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職時期を迎えることになるという事実認定の下で、全体としては改正就業規則が合理的であっても、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置による救済を併せ図るべきであり、それがないままに一部労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、その労働者については相当性を欠き(つまり合理性がない)、その労働者を拘束できないとしました。そして、同事件における経過措置は、救済ないし緩和措置のとしての効果が十分ではなく、そのような経過措置の下においては、就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないとしました。

ⅳ 多数派労働組合が就業規則不利益変更に同意したとしても、それだけで直ちに変更が合理的であると認められるわけではありません。
 もともと就業規則変更手続における労使交渉には限界があること(組合の同意がなくても変更は法的に可能)、そのような労働者側にとっての限界の下で使用者が「真剣で公正な交渉」の形式だけを整えることはそれほど困難ではないことなどを考えますと、多数派労働組合の同意を過大評価することはできません。
 多数派労働組合が同意した場合、そのことを合理性判断にあたってどのように評価すべきか、判例は事案毎に検討するという考え方をとっているものと思われます。
 前記のみちのく銀行事件最高裁判決は、労働者の約73パーセントを組織する労働組合が就業規則不利益変更に同意していても、不利益性の程度や内容を勘案すると、大きな不利益を受ける一部労働者との関係で、変更の合理性を判断する際に、労働組合の同意を大きな考慮要素と評価することは相当でないとしています。

 労働契約法10条の規定は解りにくいかもしれませんが、簡単にいうと、使用者が就業規則を労働者にとって不利益に変更し、労働者をそれに従わせるには、「合理性」というハードルがあるということです。そして、このハードルは決して低くはないということです。

4 労働組合または労働者代表の意見は慎重に

 就業規則の作成や変更にあたり、使用者には、労働者の過半数で組織する労働組合(それがない場合は、労働者の過半数を代表する者)の意見を聴取する義務が課されています(労働契約法11条、労働基準法90条1項)。

 使用者は、変更後の就業規則を労働基準監督署に届け出る際に、この意見を記載した書面を添付しなければなりません(労働契約法11条、労働基準法90条2項)。

 労働組合(それがない場合は労働者代表)の意見が反対意見であっても、使用者はそれを添付して、変更後の就業規則を労働基準監督署に届け出ることは可能です。

 しかし、労働組合または労働者代表の意見が賛成意見だったのか、反対意見だったのかは、上記のとおり変更が合理的なものか否かの判断に影響を与えます。

 したがって、労働組合または労働者代表は、慎重に意見を出す必要があります。

 また、労働組合または労働者代表は、少なくとも次の点について行っておき、変更が合理的なものといえるか否かの判断材料を確保しておいた方がよいでしょう。

(1) 当たり前のことですが、変更前の就業規則と変更後の就業規則の両方を入手し、手元に確保しておく。

(2) 使用者に変更が必要な理由を文書で具体的に説明させる。文書によらない場合でも、記録化しておく。

(3) 使用者の説明が、誤った事実関係を根拠にしていることもあるので、基礎となる事実関係について資料を収集する。

(4) 変更後の就業規則が実施された場合の労働者側の打撃の状況について調査する。打撃を受ける層(年齢、性別、職種、職位)の特定、打撃の程度、層の間の打撃格差があるならその格差の程度などについて。

(5) 代償措置や激変緩和措置を設けている場合は、その措置がどの程度機能するのか調査する。

(6) 使用者が説明していた業務上の必要性が、変更後の就業規則の施行によりどの程度達成できているのか調査する。
  本当に説明どおりの業務上の必要性があったのかを検証するためです。

(7) 労働組合や従業員の交渉経過や対応について、記録しておく。


注1 周知義務

 労働基準法106条1項は、「使用者は、……(中略)……就業規則……(中略)……を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知させなければならない。」と定めています。
  この「厚生労働省令で定める方法」については、労働基準法施行規則52条の2により次のとおり定められています。 

一  常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。
二  書面を労働者に交付すること。
三  磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。

  このように、使用者には就業規則を労働者に周知させる義務があります。
  就業規則を見せようとしない使用者に対しては、この規定に基づいて就業規則の開示・交付を求めることができます。

注2 変更前の就業規則の保管を

 就業規則が変更された場合、変更前の旧規定は捨てずに保管しておくべきです。不利益に変更された点はないか、チェックするためです。

注3 労働契約法12条 

「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」

注4 労働契約法10条に定めた考慮要素と判例法理との関係

 就業規則の不利益変更の合理性判断における考慮要素として、第四銀行事件最高裁判決平9.2.28では、次の7つが列挙されていました。

① 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
② 使用者側の変更の必要性の内容・程度
③ 変更後の就業規則の内容自体の相当性
④ 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
⑤ 労働組合等との交渉の経緯
⑥ 他の労働組合又は他の従業員の対応
⑦ 同種事項に関する我が国社会における一般的状況

 これらの中には内容的に互いに関連し合うものもあるため、労働契約法10条本文では、関連するものについては統合して列挙されました。

 具体的には、第四銀行事件最高裁判決において示された「①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度」「②使用者側の変更の必要性の内容・程度」「③変更後の就業規則の内容自体の相当性」「⑤労働組合等との交渉の経緯」について、同法10条本文ではそれぞれ「労働者の受ける不利益の程度」「労働条件の変更の必要性」「変更後の就業規則の内容の相当性」「労働組合等との交渉の状況」として規定されました。

 このうち、「変更後の就業規則の内容の相当性」には、第四銀行事件最高裁判決で列挙されている考慮要素である「③変更後の就業規則の内容自体の相当性」のみならず、「④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況」「⑦同種事項に関する我が国社会における一般的状況」も含まれています。

 また、「労働組合等との交渉の状況」には、第四銀行事件最高裁判決で列挙されている考慮要素である「⑤労働組合等との交渉の経緯」のみならず、「⑥他の労働組合又は他の従業員の対応」も含まれています。

 労働契約法10条の規定は、それまでの判例法理に沿った内容であり、判例法理に変更を加えるものではありません。

 以上のことは、厚生労働省労働基準局長の通達・平成20年1月23日付基発第0123004号(「労働契約法の施行について」)の15頁以下にも詳しく書かれています。