交通事故の損害賠償額
弁護士山岡遥平
1 はじめに
交通事故の被害者にとって重要な損害賠償額について解説します。
まず、損害賠償額を考える上での基本的な考え方を紹介し、その後、積極損害、消極損害、慰謝料のそれぞれについて解説します。
過失相殺については別項に譲ります。
2 損害賠償額の考え方
交通事故に遭われた方は、事故の相手方、その保険会社や弁護士などから、損害賠償額を提示されたり、請求したりすることがあるでしょう。
法律上、「損害」は次のように考えられています。
「損害」=「事故前の経済状況」-「事故後の経済状況」
(事故がなかったと仮定したときの経済状況-現実の経済状況)
シンプルにいえば事故によって失われた財産が「損害」なのですが,事故で働けなくなったために得られなかった賃金や慰謝料も「損害」に含めるため,上のような表現となっています(「差額説」と呼ばれます。)。
基本的な考え方は、被害者を事故がなかったのと同じ経済状況に戻してあげなさい、という発想であるといってよいでしょう。
3 基本的な算定方法
これを前提に実際の損害賠償額を算定することになりますが、その考え方は、「積み上げ方式」が一般的で、次のように計算していきます。
- 個別の損害項目を修理代いくら、治療費いくら、という具合に積み上げて算定していきます。
- 事故によって生じた「利益」を控除します(受領済みの自賠責、受領済みの遺族年金、将来分の賠償を受ける場合の中間利息など)。
- また、被害者の過失割合を勘案し、過失相殺(民法722条2項)を行います。被害者に過失がなければ過失相殺はされません。
シンプルに式で表すと
(治療費+入院費用+休業損害+葬儀代+・・・ - 利益(注1))×(1-被害者の過失割合)
が損害賠償額となります。
保険会社などから総額のみが提示された場合、その内訳を示すよう求めるのも一つの手です。
(注1) 上の式では、「利益」を控除してから過失割合を乗じていますが、控除する「利益」の種類に応じ、上のように控除後に過失相殺する場合と、逆に過失相殺してから控除する場合があります。
この損害項目は、大きく分けて3つ、①積極損害、②消極損害(逸失利益)、③慰謝料に分けられます。
①は、事故によって支出を余儀なくされた、または価値が下がったなど、一般にイメージしやすい「目に見える損害」といえます。
②は、「うべかりし利益」といわれるもので、もし事故がなかったならば得られたであろう利益をいいます。典型例は、事故のケガで仕事を休んだためにもらえなかった賃金です。
③は、被害を慰謝するための金額です。死亡・後遺障害の他、入通院についても慰謝料が請求できるとされています。
各項目で請求できるはずなのに漏れているものがないか、その算定金額は妥当なものか、それぞれ判断することが適切な解決には必要です。
4 積極損害
積極損害は、事故によって支出を余儀なくされた額や損なわれた物の額です。
物損(修理費、時価相当額)、治療費、入院費用、駆けつけ・付き添いのための交通費、付添看護費用、将来介護費用、葬儀費用などがあります。
消極損害や慰謝料にも共通しますが、保険会社もそれぞれ基準を持っており、それによって算定しています。
治療費や修理費用は基本的に実費です。
そのほかは実情に応じつつ、いわゆる「赤い本」や「青い本」を基準として算定することになりますが(注2)、争いがしばしば生じます。
何でも支出すれば認められるというものではなく、基本的に、事故と因果関係のある合理的なものに限定されます。
たとえば、治療費については、治療に必要な医療費や薬代は当然認められますが、早く治るように祈祷してもらった際の祈祷料は治療費としては認められませんし、事故前からの持病の治療費も事故で悪化していなければ認められません。
また、葬儀費用も一定の相場があり、単に「うちの地域は葬儀が豪華なのでこれくらいお金がかかる」といった程度の理由では必ずしも全額認められるわけではありません。
弁護士費用もこの積極損害に入りますが、裁判で認められる金額は、おおむね請求可能額(過失相殺後)の10%です。
(注2)「赤い本」「青い本」
交通事故損害賠償の裁判例や考え方などがまとめられた本で、「赤い本」は「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」(公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部)、「青い本」は「交通事故損害額算定基準」(公益財団法人日弁連交通事故相談センター)をいいます。
5 消極損害(逸失利益)
先に簡単に触れましたが、「消極損害」はうべかりし利益(得られるはずだった利益=実際には得られなかった利益)です。
主に、働けるのに働けなくなったことによる損害をいい、目に見えて財産が減るわけではないため「消極」損害といいます。
事故でけがをして働けず、又は入通院のために仕事を休み,その分収入が減った場合は,休業損害として1日あたりの賃金(収入)×休んだ日数分の金額が損害となります。
さらに,死亡の場合は死亡の日以降,後遺障害の場合は症状固定(これ以上治療しても状況が改善しないと判断されること)の日以降について,次のように逸失利益を計算します。
死亡の場合は、全ての労働力(以後の働いて得る収入)を失います。
収入があった人ならば、事故直前の収入を元に、あと何年働けたはずだからいくら、という形で決められます。
収入がなかった人については、潜在的な労働力があったものとみて、統計(賃金センサス)を元にした平均賃金によって算定するのが通常です。学歴別などに分かれた表のうち、どれを使うのかなどが争われますから、交渉・訴訟においてはその表を使う理由を適切に説明することが重要になります。
死亡した場合は、その後の生活費がかからなくなることから、生活費分が控除されるとともに、将来の収入を一挙に得ることによる中間利息(注3)が差し引かれます。
結局、死亡の場合の逸失利益は、
基礎収入額 × 就労可能年数相当のライプニッツ係数(注3)×(1-生活費相当割合)
となります。
後遺障害における将来の逸失利益は基礎となる収入額と、後遺障害の等級に応じて決まります。
ここで最も問題になるのが、後遺障害の認定でしょう。
後遺障害の認定は、事故による後遺障害の程度に応じて等級づけされます。
基本的に労災の後遺障害の認定に準じますが、これは労働者の仕事中の事故を前提にした仕組みですので、適宜工夫が必要となる場合もあります。
後遺障害等級に応じて、収入の何%を逸失利益とするのかが決められます。
式で表すと、
基礎収入額 × 就労可能年数相当のライプニッツ係数 × 後遺障害等級に応じた割合
となります。
なお、後遺障害の場合は死亡までの生活費がかかりますので、生活費分の控除はしません。介護費用が見込まれる場合は積極損害で算定されます。
(注3)中間利息・ライプニッツ係数とは
お金は、銀行に預ける、人に貸す等により運用して増やすことができると考えられています。
そうだとすれば、将来得られるお金を現在得ることによって、このお金を運用することによる利益を余分に得られることになります。その利益が「中間利息」です。
何年分の先払いを受けるかに応じ、「中間利息」を差し引いてどれだけ残るかをあらかじめ計算したものがライプニッツ係数です。
1年分なら当然1.00となり、2年分なら1年目の1.00に2年目の0.95を加えた1.95というふうに計算します(年利5%の場合)。
6 慰謝料
慰謝料は、被害を慰謝する(被害による精神的な苦痛をなだめる)ためのものですが、①本人が請求できるもの、②家族が請求できるものに大別されます。
②は、原則として死亡の場合ですが、死亡に匹敵する重大な障害の場合は家族も請求できます(最高裁昭和33年8月5日判決)。
さらに、慰謝料は、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料にわけられ、それぞれ、入通院の期間や日数、後遺障害の程度、死亡した被害者の家族にとっての役割(一家の支柱か否かなど)に応じた基準があります。
相手方の交渉態度があまりに不誠実等の特殊な事情を加味することもあります。