能登での法律相談/吉田優作(事務所だより2026年1月発行第72号掲載)

 昨年、能登半島地震及びその後の豪雨災害の被災地である石川県輪島市で法律相談を行う機会がありました。
 関弁連からの要請で、関東地域の各弁護士会の災害対策委員会に所属する弁護士のうち希望する弁護士が被災地に赴き、法律相談を実施するというものです。
 私は神奈川県弁護士会の災害対策委員会に所属しており、神奈川の弁護士の方もう1人とともに手を挙げ、現地に行ってきました。

 今回は、私がなぜ被災地支援に関心を寄せるようになったのか、そして能登に実際に足を運んで感じたことを書いてみようと思います。

1 被災地支援に関心をもつようになったきっかけ

 私は、東日本大震災が起きた2011年当時、東京にいました。学校の校舎の中で、机の下に隠れながら、今までに感じたことがないほど校舎の床が動いていたのを強く記憶しています(東京の多くの地域の揺れは震度5弱でした)。しかしその後、東北の復興についてニュースなどを見て自分の中での情報を更新しつつも、高校生までは被災地に赴く機会はありませんでした。
 大学生になって、所属していたゼミの関係で東北の被災地に行く機会がありました。大川小学校(津波が川を逆流して川の近くにあった校舎に流れ込み、多くの児童と教員の方が犠牲になった)に足を運んだり、原発の周辺に居住する方々から直接お話を伺ったりする機会もありました。
 法科大学院に進学後も再び東北に赴き、被災後現地の方々がどのように復興に向かってこられたのか、現状どこまで復興が進んでいるのか(震災前と震災後で何が変わったのか)について、現地調査を行う機会もありました。
 こういった機会を通じて、災害というのは、平穏な生活をしていた方が突然命を奪われたり困難な生活を強いられたりする局面であり、また潜在的に存在していた様々な問題が一気に顕在化する局面でもあるということを、その一端ではありますが目の当たりにすることになりました。
 神戸で司法修習をしているときには、阪神・淡路大震災から30年というタイミングに立ち会いました。同地震についての資料館である「人と防災未来センター」や震災後に再開発が行われた地域などにも足を運びました。災害による街並みや人々の変化について、震災前に「戻る」ということは難しいけれども、一方でどう「変わる」かもまた難しい問題であることを実感しました。
 このような学生時代・司法修習時代の様々な体験から、被災地での支援活動として、法律家はどのようにかかわることができるだろうか、ということを考えるようになりました。

2 能登に足を運んで感じたこと

 2024年の元日に能登半島地震が起きてから2年(相談を行った当時もすでに1年半以上)、その後に豪雨災害が発生してからも1年以上が経つ中で今回能登に足を運び、随所で復興の現状について感じる部分がありました。
 まず東京から新幹線で金沢に入りました。金沢城へ向かうと、城壁や瓦の一部が崩れて補修中の状態となっていました。私が直接目にする機会はありませんでしたが、金沢及びその近辺でも地震による液状化等の被害もあったようです。
 金沢からは車で片道2時間ほどかけて移動し、相談場所である輪島市門前に到着しました。門前は奥能登の中では比較的金沢に近い地域であり、道路にひびが入ったり通行止めになったりしているところもなく、目的地に無事到着することができました。
 しかし、石川県HPに載っている『奥能登2市2町の「通れるマップ」』 (*1)でも示されているように、私が行った地域よりもさらに半島の先に進むと、通行止めになったりひび割れたりしている道路がいくつもあるようです。家屋の解体や道路の補修等を行う土木事業者の方々をはじめ、震災発生以降、道路状況の悪い中で奥能登との車両での往復を続けてきたことは想像に難くありません。
 現地に行くまでの間にも、家の屋根瓦が崩れていたり、家が潰れてそのままになってしまっていたりする現場に遭遇しました。また、「公費解体」のパネルが掲げられたトラックや土木事業者と思しき車両とすれ違うことも多々あり、奥能登を含めてまだまだ建物の解体や修繕、道路の補修などが道半ばであることを感じました。
 門前には、総持寺祖院という曹洞宗の大本山であったお寺があります(現在は神奈川の鶴見に本山が移転しています。)。私も訪れましたが、石畳がはがれていたり、建物が傾いたままになっていたり、石灯篭らしきものが倒れていたりと、地震による被害の大きさをうかがい知ることになりました。
 このように、法律相談に限らず、現地に足を運ぶことによって本当に多様な情報が入ってきます。
 能登半島地震やその後の豪雨災害については、メディアの報道も比較的早い段階で少なくなり、被災地から遠く離れて普段生活しているだけでは、なかなか情報が入ってこないのが実情です。今回足を運んで、当たり前の話かもしれませんが、実際に現地を見て歩くことの重要性を再確認しました。

3 継続的な取り組みの重要性

 私が行った地域は能登の被災地のうちのごく一部で、一度足を運んだだけで能登の現状を理解したなどとは到底言えません。能登に限らないですが、日本では毎年のように地震、豪雨などの災害が起きています。昨年も、地震や台風による被害、さらには静岡県牧之原市での竜巻被害なども起きています。
 もちろん、私を含めてだれがいつ被災してもおかしくないわけですし、事前に災害について自治体間などで連携を強めていく必要もあります。
 一方で同時に、起こってしまった後に生じる生活にかかわる切実な問題を、少しでも法的に支えていくこともまた非常に重要な法律家の仕事です。災害による特性や当該現地の地理等の状況を踏まえつつ、できることを継続的にやっていくこと、被災地への支援はこのことに尽きると考えており、シンプルですが同時に非常に難しいことでもあります。被災者のニーズも時間が経つにつれて変わっていきますし、自治体の用意する被災者への支援制度も変化していきます。利用を予定していた制度が実は終了・変更されているということも十分起こりえます。
 私自身もそういった細かい変化に対応しながら、継続的に能登、そして(今後起こってしまうであろう災害も含め、)災害によって被害を受けた地域の支援にできる限りかかわっていきたいと考えています。

*1  石川県ウェブサイト・奥能登の道路通行状況