夜中についテレビをつけると,英国議会のようなところで、青年政治家が奴隷貿易反対の演説をしていました。「アメイジング・グレイス」という2007年に公開された映画。英国議会の奴隷貿易廃止決議200年ということで作られたとのことでした。
映画に出てくる主人公は、ハンサムな青年政治家、ウィリアム・ウィルバーフォース(1759-1833)。「アメイジング・グレイス」の作詞者、奴隷貿易船の元船長でその罪を悟って牧師となったジョン・ニュートンではありません。
映画は少々史実と違うところがあるようですが、インターネット情報を総合すると、ほぼ次のようなものと思われます。
18世紀、英国のリヴァプール、ブリストル等から武器・商品をアフリカに輸出し、そこで黒人奴隷と交換し、西インド諸島やアメリカ植民地に運び砂糖やラム酒、タバコ・米と交換して、それをイギリスに持ち込むという三角貿易が発展しました。
若き政治家ウィルバーフォースは、グランヴィル・シャープ、トーマス・クラークソン、ジョン・ウェズレイ、元奴隷のオラウダ・エクィアノといった人々と協力しながら、奴隷貿易禁止の法案を通そうとします(映画では、ウィルバーフォースは、腹部の激痛に悩みながらも、痛み止めのアヘンチンキを、思考への影響を避けるため、断っていました)。
しかしながら議会の利権構造の中では膨大な署名も無視されます。議会は奴隷の悲惨な状況を知りながら、動きません。
運動は停滞。その時、創意豊かな弁護士ジェームズ・スティーブンの助言により、策略が用いられることなります。ナポレオンとの戦争(1803-1815)を利用し、奴隷貿易廃止派とは見えない議員に、英国民にフランスとその植民地への奴隷貿易を禁止する外国奴隷貿易法案を愛国的見地から提案させるのです(なお、ウィルバーフォースの親友ウィリアム・ピット首相は、1806年1月23日死亡)。
1806年初頭通過したこの法律によって英国の奴隷貿易の3分の2が禁止されることとなり、ねらい通り、奴隷貿易支持者の経済的基盤は大きな打撃を受けることになりました。
そして、1807年、奴隷貿易廃止法が通り、英国植民地での奴隷貿易は廃止されます。
しかし、それで英国植民地の奴隷制度がなくなったわけではありません。奴隷廃止法案が庶民院の第三読会で可決されたのは、1833年7月26日。ウィルバーフォースが亡くなる3日前のことでした。
この奴隷制廃止運動は、様々な人々がかかわり、その中で多様な工夫がなされています(注)。
一つ目は調査。クラークソンは各地で船員から聴取したり、奴隷を鎖でつなぐ道具、鞭、断食する奴隷の口をこじ開けて食べ物を流し込む道具などを集め、証言者を求めました。さまざまな妨害がなされ、命を脅かされることになりますが、調査結果は出版されます。
二つ目は、国中にメッセージが伝わる工夫です。みんなが読めるようなもの、ポスターや投票ガイドなどを出し、ワーズワースなどによる奴隷制度に反対する詩が使われました。国民の半数が字が読めなかったので、各地の遊説がなされました。解放された元奴隷エクィアノも自伝を出版し、国中を講演のため旅行しました。定期的な公開ディベートも持たれています。
奴隷によって生産される砂糖のボイコット運動は戸別訪問によって広げられました。ソフィア・スタージはバーミンガムの家々を約3000軒も訪問しています。漫画や絵も使われ、ターナーやウィリアム・ブレイクも絵を提供しました。
陶器王のウェッジウッドは、スローガンを入れた陶器製のカメオ500個をつくり、支持する女性たちはこれを着用したといいます。
三つ目は、メディアや有力者のサポートを得ることです。党派やグループにとらわれることなく影響力のある政治家、裕福な商人や実業家、ジャーナリスト、宗教家の支持を得ようとしました。
四つ目は請願とロビーイング。1791年までに39万を超える署名の519の請願が提出されました。
五つ目は、消費者運動で、砂糖やラム酒のボイコット。六つ目は法廷闘争、七つ目は、選挙キャンペーンと議会改革の支持です。
多くの人々の力と様々な工夫が合わさって初めて奴隷制廃止ができたものと思います。自らの命をかけて奴隷制廃止のため闘った人たちだけでなく、それを支える個々の人々の行動があって、奴隷制廃止が可能になったことを感じます。選挙権もなかった女性達の活動や宗教者の役割も大きかったのでしょう。
他方、英国内の貧困や人権蹂躙とは闘わなかったのではないかとの批判や、奴隷制廃止は個人の努力よりも経済が大きな役割を果たしていたという意見があるようです。
しかし、奴隷制の歴史は、人間の欲望の大きさとともに、それを人間自らが抑えることができる可能性を示しているのではないでしょうか。
人間は、様々な誤ちをおかし、それが正義に反していても是正は容易ではありません。
知恵をしぼり、一人一人が、少しでも正しいことに近づいていく中で、正義が実現されていくのだろうと自戒を込めて思います。
(注) 教育プログラムThe Abolition Project (abolition.e2bn.org)に基本的には拠りましたが、これは、「アクション・グループの結成」については省略しました。