1 2024年7月4日最高裁判決
今回、弊所の嶋﨑弁護士、西川弁護士、そして私が補助参加人(被災者)の代理人として国とともに(珍しく、国に対して、ではありません)戦っていたあんしん財団事件の最高裁判決で勝訴しました。
その簡単な内容は、あんしん財団が、その労働者が得た労災支給決定が誤っているとして、労災支給決定処分の取消訴訟を提起したものの、同財団には原告適格がないとして却下されたものです。以下、少し詳しくご紹介します。
2 事案の経過
この事件は非常に長い経緯をたどっています。
あんしん財団は、使用者向けの保険を提供する一般財団法人ですが、KSD事件を発端に経営の立て直しを迫られていました。
そこで、同財団は、①営業成績を基本とした賃金体制への変更、②営業補助等のいわゆる事務職のほとんどを「ノンコア業務」と位置づけ、「ノンコア業務」を原則として派遣社員に行わせ、同業務を行っていた職員を営業職へ転換するなどの計画を立て、2013年7月1日、事務職を行っていた補助参加人を含む職員(女性)を営業職へと転換しました。
当然、成績が低迷する者も多い中、2015年3月中旬、これらの女性職員に対し、遠距離配置転換の「内示」を出しました(例えば、補助参加人を北海道から埼玉へ異動)。なお、特段勤務地限定はついていませんでしたが、これまで、事務職の女性たちは、原則として転居を伴う配置転換命令を受けることはありませんでした。
これによって体調を崩す者が続出し、対象となった女性職員らに同情的な上司からの勧めもあり、配置転換「内示」を受けた職員らのうち、数名が休職をしつつ労災申請を行いました(補助参加人は2015年10月19日)。また、これに先行して、配転無効を主張した法的手続(仮処分・労働審判)を開始しています。
その後、復職を目指して補助参加人を含む労働者らは2016年頃、東京管理職ユニオンに加入し、団体交渉を行い、休職期限ぎりぎりとなる2017年6月末、補助参加人ら(労災認定をすでに得ていた1名を除く)は復職しました。
2018年8月29日、補助参加人は、労働保険審査会において労災不支給決定の取消裁決を得て、同年9月14日、労災認定を受けました。これが取消訴訟の対象となった処分の一つです。労災認定後、補助参加人は体調不良のため再度休業に入りました。
なお、組合介入後、財団は攻勢を強め、復職した組合員らに対して嫌がらせを行い、成績が低迷しているなどとして降格を繰り返し、2019年1月には、組合を誹謗中傷する研修を全支店で行いました(この研修については不当労働行為として救済命令が発出されています。)。さらに、2020年2月、5月には、組合員2名を解雇しました(1名は解雇無効の判決確定、1名は敗訴。)。加えて、労災が認められて休業中の補助参加人ら2名についても、2022年5月に財団より解雇され、現在も東京地裁で訴訟係属中です。
3 訴訟の内容
なぜ、事業主が労災支給決定の取消訴訟を起こしてきたのでしょうか?
主観的な動機はともかくとして、この理由とされたのが労災保険料の「メリット制」です。
労働保険料徴収法12条3項に定められる制度で、一定規模以上の事業主の事業について、労災支給額によって-40%から+40%まで労災保険料が変動する制度です。その制度趣旨は、事業主間の公平と災害防止努力の促進とされています。
労災支給決定が出ると、メリット制適用の事業主の労災保険料が上がるおそれがあります。そこで、これを理由(の一つ。他にも労基法19条の禁止解雇などを主張)として訴訟提起をしてきたのです。
労働者が使用者と訴訟で争うことなく補償を得られるようにした労災保険法の趣旨が、労災保険を運営するための労災保険料にかかる法律でゆがめられていいのか、ということが問われた訴訟でした。最高裁は、この点について、要旨、労災保険法の趣旨に鑑みれば、労災保険料の変動で行政の支給決定が争われることはおかしい、と判示しました。
4 最高裁判決まで
最初、訴訟提起を知った時は、「とんでもないことをしてきたな。国に『入り口論』頑張ってもらおう」という気持ちでした。そうしたところ、地裁では、無事に財団の訴えを却下し、その判決も割としっかりした立論で、高裁でも維持されるだろう、と安心しました。
ところが、2022年11月29日、悪夢の高裁判決が出ました。この判決は、2017年に出た総生会事件の高裁判決をなぞっただけで、地裁の問題意識にも答えないどころか、取消訴訟で争わせることが被災者の早期権利確定に資する、というとんでもない内容でした。
これと並行して、国はメリット制が適用される使用者が、労災保険料の額を争う手続の中で、既になされた労災支給決定が誤っていると主張することを認めるべく、当代随一の行政法学者を集めて議論を始めていました。
今回の判決は、その検討会報告書の議論そのままの判決でした。
5 初の最高裁
弁論が開かれると決まる前まで、「こんな判決をとってしまったんじゃこれまで頑張って労災制度を発展させてきた諸先輩方に顔向けできない、被災者・遺族にも顔向けできない」と気が気ではなく、書面も必死に書きました。
弁論が開かれると聞くまでの1年以上、安心できませんでした。
私にとって初めての最高裁の弁論でした。最高裁の法廷は、6月でも冷房をガンガン入れて、「スーツ着用、ネクタイもして来い!」という最高裁の無言の圧力を感じました。
そして、椅子も低く、座った時のマイクはおでこの辺りにあります。つまり、「発言するときは立ってしろ」という最高裁からのメッセージです。
傍聴席には前記検討会に出ていた行政法学者もいますし、なかなかの雰囲気で、久しぶりに法廷で緊張しました。
何とか弁論を終え、あとは判決です。
約1か月後、判決の日。要旨の読み上げです。「原判決を破棄する」ここまでは当たり前です。弁論を開いたので、結論は一定変わることは見えていました。ただ、破棄差戻ですと、事業主の取消訴訟が許される場合について審理することになるので、実質的には負けです。「被上告人の控訴を棄却する」これを聞いて、ようやく息が出来ました。これで無事、地裁の却下判決が確定しました。
6 これからの課題
上記の通り、労災支給決定が使用者の申立てで取り消されることは基本的になくなりました。ひとまずこの点は安心です。
しかし、使用者が裁判や行政手続において、労災支給決定が誤りであると主張する余地はまだ残っています。
すなわち、今回の判決は、
「特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができる」
と判断しました。つまり、保険料認定処分を争う際に、労災の支給要件を満たさないという争い方ができるのです。
今度はこれを盾にして使用者が労災決定の正当性を認めない、という事態が想定されます。また、担当官が萎縮することもありえるでしょう。
こうした事態の元凶はメリット制ですので、メリット制を変えない限り、この事態は変わりません。別異の判断で、「あの処分は実は違法だった」という判断が出かねないのです。
メリット制をめぐる戦いは、土俵が安定したため、メリット制そのものを問うていく第2ラウンドに本格的に突入させます。
労災制度を使って安心して休める、遺族が安心して生活できる。そうした社会にするため、今後も頑張っていきたいと改めて決意しています。