労働者側が「円満退職」を求める労使トラブル/嶋﨑量(事務所だより2024年8月発行第69号掲載)

 この10年ほど、労働者が退職したいのに使用者に妨害され退職させてもらえない(退職妨害)、退職を契機に使用者から競業避止義務や引継ぎ義務違反などを理由に損害賠償額を請求されるといった、労働者が「円満退職」できず紛争に巻き込まれるケースが増加しています。

 従来、典型的な労使紛争といえば、リストラ・退職強要・解雇といった、使用者が労働者の意思に反し雇用を打ち切ろうとする場面でした。それが、近年変化しつつあり、むしろ労働者側が「円満退職」したいのに使用者から妨害されそれが果たせない、退職を契機に使用者から労働者に対して損害賠償請求までされる等のトラブルも増えているのです。
 このような背景には、(コロナ禍による解雇等を挟みつつも)多くの業界で続く慢性的な人手不足が問題となり、また、本来対等であるべきなのに使用者に対して労働者が圧倒的に従属的な関係におかれる歪んだ労使関係の職場が未だに多数存在することが要因であろうと思います。私に対して「円満退職」したいと労働者から相談が寄せられてくる事案をみると、背景に深刻なハラスメント・長時間労働など労働法令違反などが存在するケースも多いです。仕事が原因で自死に至るような事案は、仮に労働者の「円満退職」が果たされたならば、防げたケースもあったでしょう。

 従来の労働相談では、リストラ等からどうやって雇用を確保するのかが重視されがちでした。「円満退職」を求め労働者が労働相談の窓口に駆け込んでも、労働組合・弁護士など専門家にとって、「とり組むべき価値のある相談」とは受け止められないことも多かったように思います。
 こういった状況もあるからか、近年は、退職したいのに退職できないという労働者のニーズに応じて「退職代行サービス」が多数現れており、実際にこのサービスを利用する労働者も少なくないようです。
 そもそも、労働者が辞職の自由を有することは、従属性を生じさせる労働契約から労働者が自己決定により離脱することを認めるもので、労働法の重要な原則の一つとされています。
 しかも、辞職の自由が侵害されると、労働者は離職後の職業選択の自由をも妨げられ、以降のキャリア形成にも重大な影響を与えるのだから、その労働者にとっては重大な問題なのです。
 時には労働者が「円満退職」を求めるという類型の重大な労働トラブルもあるのだと位置づけて、取り組みが求められる時代になっているのではないでしょうか。

* * *

 現在、私は「労働者が円満退職するための法律実務」(旬報社)という本を執筆中で、完成間近です(発行予定:2024年10月下旬、予価4000円)。
 この本は、労働関係の専門書籍を多数刊行している旬報社さんが、最新テーマ別「実践」労働法実務シリーズとして刊行する13巻のうち4冊目となります。私は、3名の弁護士と一緒に、シリーズ全体の編集も担当させていただいております。本シリーズを、ぜひよろしくお願いいたします。