ライドシェア導入の議論が急浮上している。
ライドシェアとは、モバイルアプリ等で仲介し、第二種運転免許を持たない一般のドライバーと乗客をマッチングさせて、一般のドライバーが自家用車を用いて有償で乗客を運送する行為(またはそのビジネスモデル)のことだ。端的に言えば、現代的な「白タクの合法化」である。
このライドシェアは、規制改革推進会議で観光地のタクシー不足などを強調し議論がなされ、岸田総理が2023年10月の所信表明演説で 「地域交通の担い手不足や、移動の足の不足といった、深刻な社会問題に対応しつつ、『ライドシェア』の課題に取り組んでまいります」と言及するなどして、注目されている。
現在、日本のタクシー事業は許可制であり、基本的に道路運送法上の「一般乗用旅客自動車運送事業」に限られる。自家用自動車を用いて無許可でタクシー営業しているものは「白タク」(白のナンバープレートに由来する)と呼ばれ違法だし、ドライバーになるには第二種免許も必要だ。
このライドシェア合法化の大きな問題は、利用者の安全確保を置き去りにしていることだ。2020年の日本のタクシーとアメリカ主要ライドシェア企業との比較データをみると下表のとおりとなる。
日本タクシー | 米主要ライドシェア企業 | |
輸送回数 | 約 5.6 億回 | 約 6.5 億回 |
交通事故死者数 | 16 人 | 42 人 |
身体的暴行による死者数 | 0 人 | 11 人 |
性的暴行件数 | 19 件 | 998 件 |
治安状況の相違はあれ、少なくともアメリカでは、ライドシェア企業での交通事故死傷者数・身体的性的暴行数などから、利用者が危険に晒されるシステムではと指摘できる。この背景には、ライドシェア企業は、日本のタクシーのようにドライバーと雇用契約を締結して乗客の安全確保に気を配る訳もなく、乗客と自動車のマッチングをして運賃から手数料をとり利益を上げるだけで、乗客の安全確保には無関心であることがあげられる。
タクシーは、自家用車を運転できぬ、路線バスも利用できない交通弱者(特に過疎化の進む地方都市には多い)にとって、地域公共交通の重要な担い手だ。だからこそ、タクシー会社は、利益度外視で需要の少ない地域や時間でも供給を維持しようと努力し、自治体と協力し乗合タクシーを運行するなどしている。
しかし、ライドシェア企業には、地域公共交通を確保する気概などない。ライドシェア解禁の目的で掲げられる「地域交通の担い手不足や、移動の足の不足といった、深刻な社会問題」が存在するのは事実だが、これをライドシェア解禁で達成するというのは現実味はない。個人事業主であるライドシェアドライバーに、利益の出ない需要のない時間・地域に待機することは期待できない。
むしろ、ライドシェアが解禁されたら、かろうじて過疎地で事業を維持しているタクシー会社が競争で淘汰され、都市部に集まるライドシェアドライバーでは過当競争(さらには深刻な交通渋滞)が生じるだろう。
タクシー運転手が隙間時間に副業で行う等という提案もでているが、あり得ない。仮にそんな需要があるなら、本業で対応すれば足りる。
海外ではライドシェアが解禁され日本が乗り遅れているかのようなイメージを喧伝するメディアの報道も多いが、端的に誤りだ。実際には、先進国38か国中、解禁されているのはアメリカ・カナダなど8か国だけで、他の30か国では禁止されている。
日本のタクシーでも既に配車アプリが導入され、とても便利だ。訪日観光客が配車アプリを利用できず不便というのならば、訪日観光客への情報提供・アプリの多言語化などで足りる。その対応を企業任せにせず、必要な初期投資等に対しては公的な援助をすべきだ。インバウンド需要の見返りは、タクシー業界だけが享受するものではないのだ。
そもそも、タクシー運転手不足の現状は待遇の劣悪さが要因だ。タクシー運転手の賃金の年間推計額は361万3300円であり、全産業労働者(496万5700円)よりも130万円以上低く、他方で労働時間はタクシー運転手の方が1ヶ月で9時間長い(令和4年賃金構造基本統計調査より。労働時間は6月度で比較)。
このような事態を招いた原因は、政府がタクシードライバーの待遇悪化を招く規制緩和を強行し、待遇改善の対策を怠ってきたことによる。
それなのに、今度は人員不足により招かれた需要に応えるという名目で、地域公共交通を支えるタクシー産業を破壊し、利用者の安全をも犠牲にしてライドシェアを解禁しようというのは筋が通らないのだ。