副業に関する法的論点/青柳拓真(事務所だより2023年1月発行第66号掲載)

 コロナ禍で在宅勤務が可能なテレワークが普及したこともあり、副業を希望する方や実際に副業を行う方が増えています。
 厚生労働省はHPでモデル就業規則を公開していますが、2018年1月の改定で、それまで労働者の遵守事項として存在していた「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定を削除し、新たに「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。」という規定を追加しました。

 また、同じ月に、副業に関し労働者と企業がどのような点に留意すべきかをまとめた「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下、単に「ガイドライン」といいます。)を作成・公表しています。2022年7月には、ガイドラインが改定され、「企業は、労働者の多様なキャリア形成を促進する観点から、職業選択に資するよう、副業・兼業を許容しているか否か、また条件付許容の場合はその条件について、自社のホームページ等において公表することが望ましい。」との記載が盛り込まれました。いわゆる働き方改革の流れもあり、ここ数年国として副業を推進する姿勢が明確です。
 副業をするということは1人の労働者が労務を提供する使用者が複数になるということです。そのため、1人の労働者が1つの会社に勤めるという典型的なモデルでは解決できない法的な論点が生じます。本稿では副業にまつわる法的な論点を幾つかご紹介したいと思います。
 なお、副業という言葉は、雇用ではなくフリーランスとして働く人のことも含めて使われることもありますが、本稿でいう副業は、本業も副業も雇用されて働く人を念頭に置いています。

* * *

 副業と残業代(時間外割増賃金)(*1)について考えてみましょう。
 Xさんが、A社で6時間(所定労働時間6時間)、B社で3時間(所定労働時間3時間。A社より後に契約締結)、2社合わせて1日9時間の労働をした場合、どちらの会社も自社では法定労働時間である1日8時間を超える労働をさせていません。このような場合に2つの点を考えてみます。

①使用者には残業代を払う義務が生じるのか

 この問題は、1日8時間超の労働に対して残業代を支払う旨定めた労基法37条1項の適用に当たって、異なる使用者の下での労働時間を通算して考えるのか、別々に考えるのか、という問題と整理できます。
 実は、労働時間の通算の仕方には労基法38条1項に明文の定めがあります。

○労基法37条1項
使用者が(中略)労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、(中略)割増賃金を支払わなければならない。
○労基法38条1項
労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。

 この「事業場を異にする場合」には、副業などの使用者が異なる場合も含まれると解されています(昭和23年5月14日付け基発第769号)。
 したがって、使用者が異なる場合であっても、労基法37条の適用に当たって労働時間は通算される、すなわちXさんが本業と副業合わせて1日8時間を超える労働をした場合は、使用者に残業代を支払う義務が生じるということになります。

②A社とB社、どちらが残業代の支払義務を負うか

 そうすると、次に、A社とB社どちらの使用者が残業代を支払わなければならないのか、という問題が出てきます。
 労基法37条1項に即していうと、「労働時間を延長し」た使用者はどちらなのか、ということです。労働者が1つの会社だけで働いているときには至極単純明快なのですが、副業となると途端に難問です。この問題は非常に複雑なのですが、ガイドラインでは概ね次のように整理されています。

⑴ まず、労働契約の締結の先後の順番に「所定」労働時間を通算します。

  本件はA社の所定労働時間が6時間、B社は3時間なので、6 + 3 = 9時間となり、8時間を1時間超えています。そして、この1時間については、後から契約を締結したB社が残業代を支払う義務があるということになります。後から契約したB社は1日8時間を超える労働が発生することを予測し得たということです。

⑵ 次に、残業が発生した順番に「残業」時間を通算します。

 設例の総労働時間は変えず、下表のとおり性質だけ変えます。

使用者 所定労働 残業
A社 4h 2h 6h
B社 2h 1h 3h
6h 3h 9h

 まず、所定労働時間を通算すると4 + 2 = 6時間ですが、まだ8時間を超えていないので残業代は発生しません。
 次に残業時間も通算します。A社の残業が先に発生したとすると、次の順序となり、8時間を超えたのはB社の残業を通算した時点なので、この場合はB社が1時間分の残業代を支払う義務があることになります(黄色部分)(*2)。

A社の残業が先に発生したとき

順序 使用者 性質 時間 累計
1 A社 所定 4h 4h
2 B社 所定 2h 6h
3 A社 残業 2h 8h
4 B社 残業 1h 9h

 反対にB社の残業が先に生じていたとすると、次の順序となり、8時間を超えたのはA社の残業を通算した時点なので、A社が1時間分(黄色部分)の残業代を支払う義務があることになります(*3)。

B社の残業が先に発生したとき

順序 使用者 性質 時間 累計
1 A社 所定 4h 4h
2 B社 所定 2h 6h
3 B社 残業 1h 7h
4 A社 残業 1h 8h
1h 9h

 残業代1つとっても、副業になると途端に複雑になる領域があることをお分かりいただけるかと思います。

* * *

 労災についても見てみましょう。A社とB社での時間外労働を合計すると過労死ラインを超えるような長時間労働となっているが、単独で見ると労災認定が困難であるというような場合、A社とB社での労働時間を通算して業務起因性(病気等と業務の因果関係)を判断するのでしょうか、それとも個別に判断するのでしょうか。
 実はこの点については法改正で対応されています。2020年9月に改正された労災保険法で「複数事業労働者」「複数業務要因災害」という概念が導入され、1つの事業場での業務負荷だけを見ても労災認定できない場合であっても、複数の事業場での業務の負荷を総合的に評価することとされています。したがって、本業と副業で過労死ラインを超えるほど働いていたような場合には、労災認定を得ることが可能です。
 労災保険の給付額についても、従来は労災が発生した事業場の賃金のみを基礎として計算されていましたが、法改正により、本業と副業両方の賃金を合算した上で計算されるようになりました。

* * *

 本稿で紹介した副業に関する論点はほんのわずかです。
 副業を理由とする懲戒処分や解雇の有効性に関する裁判例も多数ありますし、社会保険の被保険者になる要件についても議論があります。また、本業は雇用されて働いているが、副業はフリーランスという方については、副業について使用者が存在しませんから別途考慮が必要です。
 副業は、「労働者の自己実現」「オープンイノベーション」など聞こえの良い言葉で推進されることが多いのですが、実態としては本業で非正規労働(パート等)を行う方が生活のためにさらに非正規労働の副業をしているケースが多いという調査もあります(*4)。
 今後も副業が推進されていくことが見込まれる中、実際に副業を行っている方々の心身の健康がきちんと保護されるような制度設計が必要です。実際に副業を行う労働者の保護という視点が欠けていないか、不十分でないかという観点からも今後の副業をめぐる議論・報道にご注目いただければと思います。

*1 本稿では労基法37条1項の時間外割増賃金を「残業代」として検討しています。
*2 A社も残業2時間分の賃金を払う必要がありますが、25%の割増は不要です(いわゆる法内残業)。
*3 B社の残業1時間、A社の残業のうち最初の1時間も同様に25%の割増は不要です。
*4 川上淳之「副業の実態と課題」独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働政策フォーラム・副業について考える」(基調講演・配布資料)