構造スリットをご存じですか/大塚達生(事務所だより2017年1月発行第54号掲載)

    昨年の事務所だよりにも書きましたが、一昨年秋、横浜市都筑区の大規模マンションで、基礎杭の一部が地盤の支持層に届いておらず、しかも基礎杭の施工報告書にデータの転用・加筆があったという出来事が、大きく報道されました。
 一連の報道によれば、この基礎杭の重大な欠陥が発覚した契機は、住民の方が、棟と棟の接続部の廊下の手すりに「ズレ」を発見したことにあったそうです。
    つまり基礎杭の欠陥の存在を示す現象が、目に見える形で現れていたということになります。
 このように欠陥の存在を示す現象が表に現れてる建物の場合は、欠陥を発見しやすいのですが(勿論それを見逃さなかった住民の方のおかげです。)、中には、外からは発見しづらい重大な欠陥を抱えている建物もあります。
 そのような発見しづらい欠陥の事例は多々ありますが、例えば、マンション建物に構造スリットを設置するよう設計されていたのに、実際にはそれが設置されないまま、建設工事が行われ、分譲されてしまったという事例があります(現在私たちが、管理組合と各住戸所有者の代理人となって、販売した会社と建設工事を行った会社に対する損害賠償請求訴訟に取り組んでいる事例です。)。
    構造スリットとは、どのようなものでしょうか。そして、それが設計されていたのに設置されていないということは、どのような欠陥なのでしょうか。

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 建築物は、自重、積載荷重、積雪荷重、風圧、土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造のものとして、法令に定める基準に適合するものでなければなりません(建築基準法20条)。
    地震や風圧等による水平力に対応する構造の一つとして、柱と梁で構成されるフレームの変形能力によって対応するという構造(耐震壁を設けない純ラーメン構造)があります。
 この構造の建物の場合、フレームの変形能力を阻害しないよう、フレーム内の壁をフレームの動きから切り離しておく必要があります。この切り離し箇所を、構造スリットと呼んでいます(耐震スリットと呼ぶこともあります。)。
 構造スリットの設置方法は、予めスリット材と呼ばれるもの(ポリスチレンフォームなどの変形追随性能を備えた材質のもの)を設置し、その後にコンクリートを打設するというものです。これにより、その箇所は、内部が変形追随性能を備えたスリット材によって埋められ、フレーム(柱・梁)と壁がこれによって切り離されることになります。
 純ラーメン構造を取り入れた鉄筋コンクリート造建物において、構造スリットを適切に設置しないと、地震時にフレームの変形能力が阻害され、変形によって吸収されるはずであった水平力によって、フレーム(柱・梁)に損傷が生じたり、壁が損壊することになります。
 フレーム(柱・梁)は構造耐力上主要な部分であり(建物の安全性を確保するための部分)、壁は雨水の浸入を防止する部分ですから、これらに損傷・損壊が発生することは、建物にとって重大な欠陥であるといえます。
 ところが、スリット材は完成した建物の表面からは見えないため、建物の外見だけでは、スリット材が本当に設置されているのか、設置されていないのか、判断することが困難です。
 また、分譲マンションの場合、購入した方は、建物のどの箇所に構造スリットを設置するように設計されているのか、認識していないことが多く、構造スリットの施工状況を確認してみようとは思わないのが普通です。
 設計された構造スリットが実は設置されていないという欠陥を抱える建物があったとしても、これらの事情から、所有者、使用者は、ほとんどの場合、その欠陥に気づかないだろうと思います。

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 私たちが訴訟に取り組んでいるマンション建物のケースでは、一つの住戸のメーターボックス内での漏水が室内に浸水するという出来事があり(室内への浸水の原因は外壁の防水不良)、販売会社と施工会社の対応に不信感を抱いた管理組合が、建物検査を専門としている会社に建物全体の検査を依頼したことから、構造スリットに関する欠陥が見つかりました。
 この検査会社が、構造スリットが設計されている箇所をドリルで穿孔してみたところ、多数の箇所でスリット材がないことが判明したのです。
    また、この検査の結果、各階の住戸の窓周りの壁や特定の柱に、多数のひび割れが確認され、これは各所で構造スリットが欠落していることが原因であると判断できました。
 考えてみると、浸水事故がなければ、また浸水事故後の販売会社・施工会社の対応が違っていれば、さらに検査会社がスリット材の有無を検査していなければ、構造スリットの欠落という欠陥は発見されなかった可能性が高く、実に怖い話だと思います。
 これらが発見されず、補修工事も行われないまま大地震が起きた場合、柱・梁に損傷が生じたり、壁が損壊したりして、居住者の生命・身体・財産等に被害が及ぶ可能性があるからです。

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 約15年前ですが、平成13年5月1日に東京都都市計画局建築指導部長が建築関係団体宛てに出した「建築工事の品質確保について(依頼)」という文書があります。
    これを見ますと、「構造スリットの施工が確認図書の内容と異なるために、設計で想定した構造耐力上の仮定が成立しなくなるケース・・・(中略)・・・が見られます。」「中間検査等の際にこれらスリットが施工されていないケースがみられ、ねじれ等が実際には大きいままとなっていることなどから、必要な保有耐力が確保されていないおそれがある。今後は、検査時点での施工の確実性を確認する手法を確立することが重要である。」と書かれています。
 しかし、私たちが訴訟に取り組んでいるマンション建物のケースをみますと、ここに書かれているような検査時点での施工の確実性を確認する手法は確立されていないか、確立されていてもそれを遵守しない施工事業者がいるということなのだと思います。
 この構造スリットの問題は、基礎杭の問題と同様、分譲マンションを購入する消費者に知られた方がよい問題だろうと思います。