先日(平成27年7月30日)控訴審判決が言い渡された第4次厚木基地騒音訴訟では、将来の損害賠償請求が認められるか否かという点が一つの大きな争点となっています。
民事訴訟法135条は「将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる。」と規定しており、これが将来の給付の訴えの根拠規定となっています。
金銭等の給付(引渡・明渡等)を求める給付の訴えには、現在の給付の訴えと将来の給付の訴えがあります。
現在の給付の訴えとは、口頭弁論終結の時点において履行を求めることができる状態にある請求権について認容判決を求めるものです。
それに対し、将来の給付の訴えとは、口頭弁論終結の時点においては未だ履行を求めることができる状態にまでは至っていない給付請求権について予め認容判決を求めるもので、「あらかじめその請求をする必要がある場合に限り」認められます。
将来の給付判決が認められると、将来、債務者にとって有利な事情が発生した場合は債務者が請求異議の訴え(民事執行法35条)においてそれを主張立証する必要があるのに対し、将来の給付の訴えが認められないと、将来、請求権が履行を求め得る状態になって以降に債権者が現在の給付の訴えを提起することになります。
そこで、将来の給付の訴えを認めるべきかどうかの判断においては、将来の不確定要素の立証、基礎責任の負担を債権者と債務者のいずれに負担させるのが公平かという点が重要となります。
また、将来の不法行為に基づく損害賠償請求に関しては、(1)将来における強制執行を容易にし、(2)将来の侵害行為を予防するという機能が期待されていると言われています。
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厚木基地を含めて各地の航空機騒音訴訟においては、長い間、将来の不法行為に基づく損害賠償請求が認められるか否かが争われてきました。
最高裁は、大阪空港事件大法廷判決(昭和56年12月16日)において、航空機騒音における将来の給付の訴えは不適法としました。最高裁は、将来の侵害行為が違法性を帯びるか否かや原告らの損害の有無・程度は様々な事情により変動し、その変動状況を予め把握することは困難であるとし、そのような損害賠償請求権は、将来において請求者が成立要件の立証の責任を負うべきであると判断したのです。
大阪空港事件大法廷判決以降、各地における航空機騒音訴訟において、将来の給付の訴えはことごとく不適法と判断され、厚木基地騒音訴訟においても、第1次、第2次、第3次と将来の給付の訴えが却下されてきました。さらに、平成19年5月29日における最高裁第三小法廷判決(平成19年横田基地最判)においては、それまでと同趣旨の判断が最高裁において踏襲されました。
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しかし、厚木基地騒音訴訟も、現在第4次にまで至っています。基地周辺住民は、過去3度も飛行場の使用及び共用の違法性を認める確定判決を獲得しましたが、国による騒音解消に向けた抜本的対策はなされていません。昭和51年9月の第1次訴訟の提訴時から数えても約40年間にわたって騒音被害を受け続けてきましたが、現時点においてさえも騒音が抜本的に解消される目処は立っていません。
もはや、過去の損害賠償を命じるだけでは、国が騒音解消に向けて本格的に動き出すことはないということが明らかとなっています。
厚木基地騒音訴訟の経緯からすれば、(1)基地周辺住民による将来の強制執行を容易にするためにも、また、(2)国による将来における不法行為(騒音の発生)を抑制するためにも、将来の給付の訴えに期待するところが大きいと言えます。
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第4次厚木基地騒音訴訟においても、第1審の横浜地方裁判所は将来の給付の訴えを認めませんでした。
しかし、先日(平成27年7月30日)言い渡された東京高等裁判所における控訴審判決では、ようやく原告らの主張に理解を示し、平成28年12月31日までの将来の給付の訴えを認容しました。期間の限定はありますが、周辺住民の被っている被害の内容や国の対応等、3度にわたる確定判決の経緯に鑑みた当事者間の公平等を考慮した上で、判決日以降の損害賠償を認めたことは大きな前進であると言えます。
やや長くなりますが、判決文を紹介します。
「([第1審原告らの転居等に係る事実の証明負担]:引用者注)を第1審被告に課すことの当否の判断に当たっては、本件訴訟の特殊性として、厚木基地騒音訴訟の経緯、3度にわたる確定判決の内容、さらにはそれらを通じた第1審原告らと第1審被告との間の公平性の観点をも考慮せざるを得ない。すなわち、厚木飛行場周辺の受忍限度を超える航空機騒音により第1審原告らが被っている被害は深刻であり、その被害回復が適切に図られるべきことはいうまでもない。第1審原告らは、厚木飛行場の被害地域に居住しているが故に、その被害回復として損害賠償を求めるため、請求期間を異にしながら同様の理由で訴えを提起することを余儀なくされている。他方、第1審被告においては、3度の確定判決により厚木飛行場の使用及び共用の違法判断が示されているにもかかわらず、航空機騒音の有り様について抜本的な見直しが未だ図られず、その果たすべき責務が十分尽くされているとはいい難い。そのような被害の実態や経緯をも併せ考慮すれば、当審口頭弁論終結時までの損害賠償請求が認容された第1審原告らについて、当審口頭弁論終結の日の翌日から平成28年1月31日までの約1年8か月間に限って、第1審原告らの居住に係る事情変動の証明負担を第1審被告に課すことが格別不当とまでいうことはできない。」
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第4次訴訟においては、今後、最高裁で将来の給付の訴えの適法性が争われることが予想されます。
最高裁においても将来の給付の訴えが認められるよう、我々弁護団は、これまでの厚木基地騒音訴訟の歴史的経緯と周辺住民の被害の実態を十二分に主張していきたいと考えています。