厚木基地騒音訴訟高裁判決勝訴/福田護(事務所だより2015年9月発行第51号掲載)

news201509S 30年以上弁護士をしていても、法廷で判決を聞くときの不安定な緊張感というのは変わらない。ましてや、弁護士1年目からかかわり続けてきた事件である。その過程では、第1次訴訟の原告側の請求を、差止めも損害賠償もことごとく棄却した1986年4月9日の東京高裁判決もあった。「もしや」という思いが、いやおうなく脳裏をよぎる。

 去る7月30日午前10時、東京高裁は、第4次厚木基地騒音訴訟について、自衛隊機の夜間の飛行差止めを命じた去年5月の横浜地裁判決を維持し、損害賠償については地裁判決と同水準の月額を、過去分だけでなく将来にわたって支払うよう、国に対して命じた。ただし、差止めも将来の賠償も2016年12月末までという期限を区切った。そして、米軍機の差止め請求については、地裁判決同様否定した。

 裁判長が判決の理由の要旨の朗読をしている途中で、私は一足先に法廷を出て、裁判所正門前で待ちうける原告、支援者そして報道陣のところへと急いだ。そこにはすでに、「自衛隊機差止め勝訴」「爆音違法 賠償勝訴」と大書した、長さ110センチほどの2本の旗を掲げた戸張弁護士と石渡弁護士が、拍手とカメラの渦の中にいた。私は、史上初めての軍用機の差止め判決が高裁でも維持されたことの意義はとても大きいこと、判決日以後まで将来の損害賠償を認める判決もこれまでにない初めての判決であること、これらの期限を2016年12月までとした理由は、米空母艦載機の拠点の厚木基地から岩国基地への移転が2017年頃に予定されていて、その後の騒音状況が不確定であるという判断によること、米軍機の差止めについては今回も壁を乗りこえられなかったことなどを、みなさんに報告した。報告する自分の声が、うわずっているのが分かった。

 神奈川県中央部、首都圏の人口密集地域に広大な飛行場として存在し、海上自衛隊とアメリカ海軍が共同使用する厚木基地。米軍機は、横須賀を母港とする空母の艦載機が多くを占める。

 ジェット戦闘攻撃機FA‐18などの軍用機は、飛行・戦闘能力を最優先するから、騒音低減策はとられず、激烈なハダカの騒音を周辺地域にばらまく。騒音の影響を受ける周辺住民は、100万人とも200万人ともいわれる。こんな軍用基地は、世界中のどこにもない。普天間基地も市街地の真ん中で、世界一危険な飛行場といわれるが、ジェット機は少なく、被害人口も厚木よりは少ない。

 大和市などの厚木基地周辺住民は、1976年第1次訴訟の提訴以来、今回の第4次訴訟まで約40年間、国を被告として、飛行の差止めや慰謝料の支払(損害賠償)を裁判所に請求することにより、静かな生活環境の実現を求め続けてきた。

 2007年12月に提訴した第4次訴訟で、横浜地裁は昨年5月21日、自衛隊機について、夜10時から翌朝6時までの時間帯に限ってではあるが、裁判史上初めて、軍用機の飛行差止めを認めた。それが今回高裁レベルでも維持されたことは、このような判決が例外的なものではなく、その判断の基盤が確かなものであることを示した。そこには、損害賠償ではまかないきれない、健康被害に結びつく睡眠妨害などの深刻な被害の認定がある。

 中谷防衛大臣は、早くも判決当日、「一部であるものの自衛隊機の運航を差し止める判断は受け入れがたい」と記者団に語り、上告の方針を示したという。原告側もまた、米軍機の差止め問題など、残された課題のために上告し、舞台は最高裁へと移る。

 米軍機差止めの壁は、高裁でも高かった。地裁判決よりも、いっそう高くされた感じである。
 在日米軍基地における米軍機の運航は、我が国の支配の及ばない第三者の行為であるという1993年の厚木基地・横田基地に関する最高裁判決がある。

 しかし、在日米軍基地も日本の領土であり、日本の主権のもとにある。そのまわりに、日本の国民・市民が住んでいる。米軍といえども、日本国内では、日本の法律に違反して、市民・住民の権利を違法に侵害してはいけない。裁判所は、違法な米軍の行為をやめさせることができなければならない。米軍が「治外法権」であってはならない。――問題は本来、極めて単純明快なのである。

 しかし高裁判決は、周辺住民の被害の多くが米軍機によるものであることを認めながら、米軍機が駐留目的に沿って運航上の必要性に基づいて厚木基地を使用する限り、国がその使用を制限することはおよそ想定されていないなどと判断し、日本の政府も裁判所も、違法な米軍機の飛行を差し止める方法がないことを是認してしまった。

 本当にそれでいいのか――私たちはもう一度、最高裁にこれを問う。