医療過誤>ご相談とその後の流れ

  医療過誤が疑われる事案に関するご相談とその後の流れについて

弁護士 大塚達生


1 調 査

(1) 過失と因果関係の調査

 医療過誤の発生ということで相談を受けた場合、弁護士は、相談者から、診療に至る経緯や診療経過について知っていることを説明してもらい、手持ちの資料も見せてもらい、結果の発生がやむを得ないものだったのか、それとも医療機関側の過失によるものだったのかを、調査することになります。

 この調査は、診療行為時点で医療機関に求められていた医療水準と比較して、実際に行われた診療行為に問題はなかったのかという観点から行う必要があります(注1)
 そのためには、相談のケースでの疾患や傷害に対する標準的な診断・治療方法を知ることが必要です(注2)

 また、仮に医療機関側に過失が認められる場合でも、債務不履行や不法行為に基づく損害賠償責任が認められるためには、その過失と発生した結果との間に因果関係があることが必要です(注3)
 したがって、因果関係が認められるかどうかについても調査をします。

 これらの調査にあたっては、医学文献や資料を収集したり、専門医の意見を聴いたりすることになります。

注1 過失と医療水準の関係
 最高裁平成8年1月23日判決は、医療水準について次のように述べています。
 「具体的な個々の案件において、債務不履行又は不法行為をもって問われる医師の注意義務の基準となるべきものは、一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である(最高裁昭和54年(オ)第1386号同57年3月30日第3小法廷判決・裁判集民事135号563頁、最高裁昭和57年(オ)第1127号同63年1月19日第3小法廷判決・裁判集民事153号17頁参照)。
 そして、この臨床医学の実践における医療水準は、全国一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく、診療に当たった当該医師の専門分野、所属する診療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられるべきものであるが(最高裁平成4年(オ)第200号同7年6月9日第2小法廷判決・民集49巻6号1499頁参照)、医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。」

注2 診療ガイドライン
 過失の有無を調査する上で標準的な診断・治療方法に関する情報が参考になります。
 ・医療情報サービスMinds
 ・東邦大学・医中誌 診療ガイドライン情報データベース

注3 因果関係
 積極的なミスによる作為型の医療過誤の場合には、ミスと結果発生との因果関係は明らかで、因果関係の存否で争いとなることは少ないのですが、見落としや治療遅れのような、為すべきことを怠ったという不作為型の医療過誤の場合には、因果関係の存否が争いとなりがちです。
 為すべきことを怠らずに行ったとしても、結果の発生は避けられなかったとか、それでも結果が発生しなかったかどうかは分からないという主張(過失があったとしても、過失と結果との間の因果関係は認められないという主張)が、医療機関側から出てくることが多いのです。

(2) 証拠保全手続

 医療過誤の可能性があるとしても、それを裏付ける中心的資料は、医療機関が保管するカルテや各種記録ということになります。
 これらには患者の主訴、所見、検査結果、診断内容、治療内容、看護内容などの診療経過が、全て記載されているはずだからです。
 そこで、相談を受けた弁護士は、証拠保全という手続によってカルテ等を確保することを検討します。
 これは、裁判所への申立によって、これらの記録をとりあえず調べてもらうという手続です。
 この手続によって、カルテ等の記録のコピーが裁判所に保管されますから、以後は記録改ざんのおそれはなくなりますし、患者側も記録の内容を知ることできます(注4)

注4 カルテ改ざんのリスク
 医療過誤が発生した場合、あってはいけないことですが、カルテ等の資料が改ざんされることがあります。
 そのため、提訴前であても、先に裁判所にカルテ等を調べてもらうのが、証拠保全の手続です。
 これによって、少なくとも、拠保全手続の時点におけるカルテ等の現況は確保できます(すでにその時点で改ざんされている場合もありますが)。
 このような証拠保全の手続とは別に、日本医師会の「診療情報の提供に関する指針-第2版-」(平成14年10月)個人情報保護法に基づいて、医療機関に対してカルテ等の開示を求めることは可能です。
 しかし、そのことによって改ざんのリスクが高まる可能性もありますし、全てが開示されたのか判断がつかない場合もあります。
 やはり、事案の状況に応じて、可能ならば、裁判所を使った証拠保全手続を選んだ方がよいといえます。

2 交渉や訴訟提起等

 これらの調査に基づき、医療機関側にはどのような過失(注意義務違反)があったのか、過失があるとしても発生した結果との間に因果関係はあるのか、それらを裏付ける証拠資料は何か等を検討します。
 その後、弁護士は事件処理の見通しを立て、当事者と相談して、医療機関側との交渉民事調停民事訴訟などの方法をとることになります。
 反対に、調査の結果、医療機関側の過失はなさそうだと分かった場合には、相談者にそれを説明するこになります。 

3 医療訴訟の特徴

 医療事件の訴訟では、行われた診療行為の当否(過失の有無)や、結果発生との因果関係の有無について、専門的な主張、立証が必要となり、争点も多くなりがちです。
 また、裁判官は医療の専門家ではありませんので、専門家の意見を求めることが必要となり、鑑定の手続を行うこともよくあります。
 そのため、医療訴訟は、審理期間が長くなる傾向がありました。
 かつては漂流型訴訟などと言われて、主張や立証計画も定まらないままに審理が長期化するという問題を抱えていました。
 現在では、裁判所に医療訴訟専門の部が設置されたり、医療専門家を活用する専門委員制度が導入されたり、審理計画を立てることが行われたり、訴訟当事者が診療経過一覧表や主張要約書を作成したり、各裁判所で鑑定人選任システムが作られたりなど、様々な対策により、審理の迅速化が図られています。
 しかし、患者側にとって、医療のもつ専門性の壁という点に変わりはありません。
 裁判所の審理が迅速化された分だけ、患者側にとっては、提訴前の準備が、従来以上に重要になったといえます。