奨学金の「過大請求」-保証人問題/西川治(事務所だより2019年1月発行第58号掲載)

 奨学金制度を実施する日本学生支援機構(かつての日本育英会)が、保証人に対して本来は残債務の2分の1しか請求できないのに、全額を請求しており、中には知らずに全部返してしまった保証人もいる、ということが問題化しています。
 きっかけは朝日新聞2018年11月1日の『奨学金、保証人の義務「半額」なのに…説明せず全額請求』との報道です(私のコメントも載っています)。

 日本学生支援機構が実施している奨学金の大半は、後で返済しなければならない「貸与制」と呼ばれるものです。制度上、「連帯保証人」と「保証人」を1名ずつ用意し、学生本人が払えなくなったときは「連帯保証人」や「保証人」が返済しなければならないこととされています。
 それでは頼れる身寄りのいない学生は奨学金が借りられなくなってしまいますので、2004年に借りる額のうち数%を保証料として支払うことで、連帯保証人・保証人を不要にできる機関保証制度が導入されました。
 今回問題になっているのは、この機関保証ではなく、従来型の連帯保証人・保証人を依頼した場合です。

「保証人」とは

 奨学金を借りた本人が返済困難となった場合、その事情によっては、返還猶予制度や減額返還制度、減免制度などの救済制度が使えることがあります。
 しかし、本人から資料を揃えて申請する必要があるため、資料が手に入らなかったり、目の前のことに手いっぱいで手が回らなかったり、行方不明になったり、破産したりして返済が止まると、日本学生支援機構から連帯保証人、さらに保証人へ請求され、連帯保証人、保証人は、本人に代わって返済しなければなりません。

 ところで、「連帯保証人」と単なる「保証人」には違いがあり、「連帯保証人」は、いくつかの点で「保証人」に比べて重い責任を負うことになっています。

①保証人が「まずは本人に請求してください!」と言える「催告の抗弁」(民法452条)

 お金を貸した人(「債権者」)が本人に請求せずにいきなり保証人に請求すると、保証人は返済を断って構いません。当たり前のようにも思えますが、連帯保証人の場合、民法上は本人ではなく連帯保証人にいきなり請求しても問題ありません。

②保証人が「本人にお金があるから本人から回収してください!」と言える「検索の抗弁」(民法453条)

 保証人は本人に財産があり、強制執行が容易であることを示した上で、返済を断ることができます。連帯保証人の場合、本人の預金口座に何千万円も残っていて簡単に回収できたとしても、債権者はいきなり連帯保証人に請求できます。

③保証人が「ほかの保証人からも回収してよ!」と言える「分別の利益」(民法456条)

 保証人が2人以上いるときは、1人の保証人が全部を返済する必要はなく、頭割りになります。保証人が2人いる場合、1人の保証人は2分の1を返済するだけでよいのですが、連帯保証人は他に保証人がいても全額返す必要があります。

「分別の利益」を無視した請求

 このように、お金を返してほしい債権者にとっては、単なる「保証人」は何かと不便です。そこで、保証人を付けてもらう場合、大半は「連帯保証人」となっているのが実情ですが、日本学生支援機構では「連帯保証人」1人と「保証人」1人を用意することとなっています。

 今回は、③の「分別の利益」が問題となっています。先ほどご紹介した通り、「保証人」が複数いる場合、1人の保証人が返済しなければならない金額は頭割りとなります。「連帯保証人」も「保証人」の一種ですから、日本学生支援機構の奨学金の場合、「保証人」は全額を返済する義務はなく、2分の1だけ返済すればよいということになります。

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 ところが、日本学生支援機構は、この「分別の利益」を無視して、保証人に対しても全額を請求し、さらには裁判所の手続においても、全額を支払うよう求めていました。
 多くの保証人は「分別の利益」という制度があることを知らないため、日本学生支援機構に言われるまま全額の支払いを受け入れざるを得ませんでした。
 これは保証人の無知に付け込んで、法律上義務のないお金を支払わせたものであり、「過大請求」と言わざるを得ないと考えています。

「分別の利益」無視は許されるか

 日本学生支援機構や文部科学省は、法律上特に問題はない、という立場ですが、疑問です。
 例えば、「保証人」が法律上は2分の1しか支払う義務はないと理解しつつ、本人や「連帯保証人」の経済的な状況をみかねて、全部払ってあげることは問題ありませんから、「あなたは保証人なので、半分返す義務があります。残り半分は、法律上返済義務はありませんが、全部払っていただけると助かります。」とお願いするのであればまだいいかもしれません。
 しかし、日本学生支援機構は、「保証人」に対して、「あなたは保証人なので、全額返してください。」という請求書を送りつけています。日本学生支援機構は独立行政法人という公的機関であり、「保証人」の多くは、公的機関から請求された以上、まさか公的機関から法律上支払う義務のない請求書が送られてくるとは思わず、全部支払ってしまうのです。

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 日本学生支援機構は、「分別の利益」は「抗弁」だから、請求しても問題ない、払ってもらっても問題ない、といいます。
 「抗弁」は専門用語ですので詳しくは立ち入りませんが、同じ「抗弁」として、「弁済の抗弁」というものがあります。

 「弁済」とは支払済み、つまり「その借金は返済しました」という意味です(*1)。これは原則的に返済側が証拠を示す必要があります。裁判所では、領収証がないなど「借金を返済したかどうか」分からないときには、未返済として借金を返すよう命じられてしまいます。

 ここで、100万円を借りて30万円返した後で本人が行方不明になった場合を考えましょう。
 債権者は残りの70万円しか返してもらえないはずですが、黙って100万円請求するとします。保証人は本人の一部返済を知らず、領収証もないため、裁判所で100万円の返済を命じられてしまうことがありえます。
 しかし、既に30万円返してもらっているのを隠して30万円余計に回収(二重取り)しているわけですから、これは「過大請求」であり、「詐欺」だと思われる方が多いのではないでしょうか。

 「抗弁」だから問題ない、というのはこのような「過大請求」も「詐欺」も問題ない、と言っているのに等しいのではないかと考えます。

奨学金だからこそ誠実な回収を

 奨学金制度は、教育の機会均等を確保するための重要な制度です。この制度のおかげで、進学できた学生がたくさんいます。
 私は、このような重要な奨学金制度の原資が、保証人の法的無知につけこんで回収されたお金でいいのだろうか、と疑問でなりません。
 奨学金を利用してようやく進学できた、その分しっかりと学んで将来に活かしたい、そんな学生たちに失礼ではないか、と思うのです。

*  *  *

 私が事務局次長を務める奨学金問題対策全国会議では、12月9日に「奨学金の保証人ホットライン」を実施しました。
 「分別の利益」を知らずに全額払ってしまった、知らずに全部返そうといま払っている、という保証人の方々から、次々に相談の電話が掛かってきました。

 機構はいまだに真摯に対応する姿勢を示していません。
 私は、奨学金制度を教育の機会均等を実現するという崇高な理念に基づいた制度として維持し続けるためにも、このまま終わらせるわけにはいかないと考えています。

*1:なお、借金に限らず、売買代金を払ったときやお金以外でも「弁済」という用語を使います。