サマーキャンプ中止から子どもたちの「夏」を守る/西川治(事務所だより2017年9月発行第55号掲載)

 川崎市内の小中学生を対象にしたサマーキャンプ(主催・川崎市教育委員会等で構成する実行委員会)が,この夏,中止に追い込まれました。

 このサマーキャンプは1990年から毎夏行われ,長野県,和歌山県など各地で地元の子どもたちと交流しながら自然体験活動を行うというもので,この夏も81人が参加予定だったとのことです。

 中止となった理由は,「旅行業法に抵触する」というものでした。
 同様の事例は,平塚市,二宮町,開成町などでも起こっています。


    旅行業法とは何か

    旅行業法は,おおまかにいえば,JTBや,先日話題になった「てるみくらぶ」のように,旅行パッケージの販売のほか,宿泊施設や航空券・特急券などを手配することで利益を得ている旅行業者を規制する法律です。

    終戦後約6年半を経過した1952年,国内旅行客や外国からの旅行客の増加の一方で,旅行の手配をすると称して代金を騙し取ったり,外国客に対してあっせん料を不当要求したりといった問題が生じていたことから,議員立法により「旅行あっ旋業法」として制定され,のちに「旅行業法」に改称されました。

    同法の主な内容としては,旅行業者の登録制度・経営破綻に備えた営業保証金制度を設けることなどが挙げられます。

    営業保証金制度については,「てるみくらぶ」の経営破たんに際し,この保証金の金額が少なく,補償額が数%にとどまるということが問題になりました。

    サマーキャンプと旅行業法

    旅行業法には,「旅行業」の定義が置かれていますが,要約すると,①「報酬を得て」②一定の行為を行う,③「事業」が「旅行業」にあたるとされています(2条)。

    これらの用語の解釈にもいくつか問題があるのですが,今回の場合,①交通費を含む一定の参加費を徴収して,②往復の交通手段や現地での宿泊先を確保し,③これを繰り返していた,ということからサマーキャンプを行うことが旅行業法上の「旅行業」に該当する可能性は高いとみられます。

    旅行業法は,「旅行業を営もうとする者」は観光庁長官の行う登録を受けなければならないとし(3条),無登録で「旅行業を営んだ者」に対して100万円以下の罰金刑を定めています(29条1号)。

    今回,自治体主催のサマーキャンプは,この無登録営業に該当するのではないか,と指摘されています。

    旅行業法についての裁判所の判断

    しかし,旅行業法についての裁判所の判断を前提にすれば,これらの指摘は誤りと言わざるを得ません。

    旅行業法上の登録義務について,最高裁判所の判例は出されていませんが,高等裁判所で,「旅行業に該当する行為を営むとは、営利の目的で、旅行業に該当する行為を行うことをいう」つまり「営利目的がなければ,無登録で旅行業を行っても違法ではない」という判断が出されているのです(高松高等裁判所平成25年1月29日判決)。

    この高裁判決では明示されていませんが,最高裁判所は,旅行業法と同様の仕組みを持つ宅地建物取引業法について,「『宅地建物取引業を営む』とは、営利の目的で反復継続して行う意思のもとに宅地建物取引業法二条二号所定の行為をなすことをいう」つまり「営利目的がなければ,無免許で宅地建物取引業を行っても違法ではない」と判断しており,これを踏まえたものとみられます(最高裁判所昭和49年12月16日決定刑集28巻10号833頁)。

    ちなみに,宅地建物取引業法はいわゆる不動産屋さんを規制する法律で,みなさんもなじみが深いものと思いますが,旅行あっ旋業法と同じく昭和27年に議員立法で制定されています。

    当時は戦後復興のために都市部の住宅が不足し,それに付け込んだ悪質業者の不正が頻発していたことから,国会で小委員会を設けて法案を準備し,宅地建物取引業法を制定して,旅行あっ旋業法同様の登録制度を設けることとしたものです。

    宅地建物取引業法はその後改正を繰り返し,現在は免許制を採用していますが,旅行業法同様に資格制度(旅行業務取扱管理者・宅地建物取引士)や営業保証金制度を設けることにより利用者保護を図る点は共通です。

    本題に戻りますが,地方自治体や教育委員会などが行うサマーキャンプに営利目的があるとは通常考えられませんから,裁判所の判断を前提にするならば,サマーキャンプは旅行業法に抵触しない,ということになります。

    なぜサマーキャンプは中止されたか

    裁判所の見解を前提にすれば,非営利で行われるサマーキャンプは旅行業法上問題がないことになります。

    それにもかかわらず,なぜサマーキャンプが中止されたのかというと,観光庁が営利目的の有無を問わず,登録義務があるという運用を行ってきたためです。

    観光庁が旅行業法の運用方針を定めた旅行業法施行要領には,「国、地方公共団体、公的団体又は非営利団体が実施する事業であったとしても、報酬を得て法第2条第1項各号に掲げる行為を行うのであれば旅行業の登録が必要である。」との記載があり,営利目的の有無を問わず登録義務があるように読めます。

    この記載については,旅行業法を所管する観光庁の見解ではありますが,観光庁などの行政機関に法律の解釈を最終的に決定する権限はありませんから,裁判所の判断が優先します。

    本来であれば,宅地建物取引業法に関する最高裁の判断が出た以降は,それに合わせて運用すべきですし,少なくとも高等裁判所の判断が出た後は,このような施行要領は改正すべきでしょう。
それにもかかわらず観光庁が誤った解釈を改めないためにサマーキャンプが中止に追い込まれ,多くの子どもたちが辛い思いをさせられました。

    このような違法状態の是正には,法律改正は不要であり,むしろ法律にしたがって運用するよう観光庁が改めれば済むことです。

    ちなみに,私は観光庁の担当者に前記の高裁判決の存在を指摘しましたが,この判決が出ていること自体知らないようでした。

    旅行業法が問題となる場合の大半は,営利の旅行業者との関係ですから,観光庁としても関心が薄れがちな部分はあるのかもしれませんが,だからといって許されるものではありません。

    7.28通知と残る問題点

    一連の事態を踏まえ,7月25日,26日と自然体験活動の推進に熱心な国会議員に陳情し,観光庁の担当者にも高裁判決を紹介して適切な対応を求めました。

    そうしたところ,観光庁は7月28日,「自治体が関与するツアー実施に係る旅行業法上の取扱いについて(通知)」を発し,「自治体が実質的にツアーの企画・運営に関与し,かつ,営利性,事業性がないものであれば,旅行業法の適用がないと解されます」としたうえで,「自治体が関与するツアーで認められる例」を4例紹介して,「営利性」が旅行業法の適用の際の要件となることを認めました。

    しかし,既に述べた高裁判決を前提に旅行業法2条1項,3条の規定を解釈すると,自治体の関与の有無によらず,「報酬を得て」の要件,事業性の要件,営利性の要件のいずれか1つでも欠けている場合は,そもそも旅行業法の適用はなく,これらがいずれもないことを要件とするかのような今回の通知は原則と例外が逆転しており,誤りと言わざるを得ません。

    紹介されている4例も,バス移動を伴うキャンプで,バス代は徴収せず,キャンプ代1000円のみを徴収するものなど,そもそも従前の運用でも「報酬を得て」に該当せず,営利性を問題とするまでもなく旅行業法の適用対象にならないような事例ばかりで,交通費や活動費を一定程度徴収している,本来問題のないサマーキャンプまで萎縮させる危険のあるものと言わざるを得ません。
観光庁が同日付で発した「災害時のボランティアツアー実施に係る旅行業法上の取扱いについて(通知)」についても,旅行業法との整合性に疑問があります。

これ以上の被害の拡大を防ぐためにも,観光庁に対してさらに違法状態の是正を求めたいと考えています。