運送職場のアスベスト労災/大塚達生(事務所だより2016年9月発行第53号掲載)

news201609s アスベストは、石綿ともいわれ、細長い天然の鉱物繊維です。
 耐熱性、耐薬品性、熱や電気の絶縁性などの特性をもつことから、建材、摩擦材、シール材、断熱材、保温材など様々な製品の材料として使われてきました。
  しかし、アスベストが空気中に放出され、人が呼吸とともにそれを吸い込むと、微細なものは肺の奥まで到達します。アスベストは丈夫で変化しにくい鉱物繊維であるため、そのまま肺の組織に刺さるように蓄積され、数十年ともいわれる潜伏期間を経て、肺がんや中皮腫などの疾病の原因となります。 現在では、法令によってアスベストの使用が規制され、飛散防止などの対策がとられていますが、かつてアスベストを取り扱う職場で働いていた方々は多く、時を経てそれらの方々にアスベスト由来の疾病が発症するという事態が起きています。
 この場合、就労していた業務に起因する疾病ですから、労災保険による補償の対象となります。

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 Aさんは、若い頃(昭和30年代)に数年間、港の倉庫からアスベストをトラックに積んで運送する業務に従事した後、別の仕事に転職し、そこで定年を迎えました。
 しかし、70歳代になってから、医療機関で胸膜中皮腫と診断されました。医師がAさんに尋ねたところ、Aさんは昔アスベストを取り扱う仕事に従事していたことを話しました。
 Aさんは、この医療機関のメディカルソーシャルワーカーから紹介されたNPO法人の助力を得て、労働基準監督署に労災保険の請求を行い、労災と認定されて保険給付を受けました。

  その後、このNPO法人と関係のある労働組合からの紹介で、私はAさんとお会いし、労災保険ではカバーされないAさんの損害について、Aさんの代理人として、かつての勤務先に補償を求めることになりました。
  といっても、Aさんが港の倉庫からアスベストを運送する業務に従事していたのは、50年以上も前のことであり、当時勤務していた会社(B社)は、既に別の会社(C社)に吸収合併されていました。
 ただ、B社がAさんに対して損害賠償債務を負っていた場合、その債務は吸収合併後のC社に承継されますので、C社に対して交渉を申し込みました。
 C社には、AさんがB社で働いていた頃の資料が残っていなかったのですが、上記のとおり既に労災と認定されていたこと、Aさんが当時の職場や社員旅行で撮った写真を持っていたことなどから、C社も理解を示し、今年、合意による解決をすることができました。

 しかし、交渉途中でAさんの病状が悪化し、解決前にAさんがお亡くなりになったことは、とても残念でした(Aさんがお亡くなりになった後は、ご遺族の代理人としてC社との交渉を継続し、上記の解決に至りました。)。

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 Aさんが行った作業は、港の倉庫でアスベストが入った麻袋(重さ約50キログラム)を沢山トラックの荷台に積み、これを様々な石綿製品製造工場に運送し、到着した先で荷下ろし作業を行うというものでした。
 トラックの荷台に積む作業のときは、自ら手鉤を使って麻袋を積み、手鉤によって開いた穴から漏れたアスベストが飛散、浮遊し、身体に沢山付着するという作業環境でした。荷下ろし作業のときは、目的の場所まで麻袋を肩に担いで運び込んでいましたが、その際にも、アスベストまみれとなる作業環境でした。
    しかし、Aさんたち従業員は、勤務先会社から、アスベストの危険性につ いて説明されておらず、防じんマスクなどの防護具は支給されていませんでした。

 昭和30年代は、アスベストを取り扱う業界において、アスベスト粉じんに曝露することにより、重大な健康被害が発生する危険があることが、知られるようになった時期でした。例えば、三井倉庫事件平成21年11月20日神戸地裁判決は、次のように判示しています。

    わが国において昭和12年以降、石綿肺の調査等が実施されて、昭和31年には労働省労働衛生試験研究として石綿肺と勤務との関係が明らかにされ、これを背景として、特殊健康診断指導指針の通達が発出され、昭和35年3月に制定されたじん肺法は、石綿に係る一定の作業について、同法が適用される「粉じん作業」と定めたなどの法令の整備状況等に照らせば、遅くとも昭和35年ころまでには、石綿粉じんに曝露することによりじん肺その他の健康・生命に重大な損害を被る危険性があることについて被告を含む石綿を取り扱う業界にも知見が確立していたものということができ、石綿粉じんに曝露することによりじん肺その他の健康・生命に重大な損害を被る危険性があることについての予見可能性があったというべきである。

 また、日通事件平成26年1月30日大阪高裁判決は、次のように判示しています。

 控訴人は、昭和34年(1959年)の時点で、石綿粉じんばく露により石綿肺を発症し、その症状が高度なものとなった場合には重大な健康被害が生じ、死亡に至る場合もあることを予見し得る状況にあったものということができる。

 しかしながら、Aさんの勤務先のように、当時、安全対策を講じていなかった企業は、かなり存在していたのではないかと思います。
  Aさんの例をみると、アスベストの怖さ、それが「静かな時限爆弾」と言われていることの意味が、よく分かります。

 昔アスベストに曝露していたと思い当たる方が、じん肺、肺がん、中皮腫などの疾病を発症した場合、医師にアスベスト曝露の事実を申告することが、大切だと思います。Aさんの場合も、それを端緒として、補償を得るための手続に入ることができました。