公務員と労働契約 -「非正規公務員」の現状-/嶋﨑量(事務所だより2013年1月発行第46号掲載)

news201301_small 民間企業などで働く労働者は、使用者との間に「労働契約」を締結して、その法律関係は労働契約法により規律され、労働者保護が図られています(例えば、解雇に関する労働契約法16条、就業規則不利益変更に関する労働契約法10条など)。
 しかし、公務員については、実務では、「労働契約」が存在せず、民間企業で働く労働者に適用される労働契約法は公務員には適用されないという法解釈が支配的です。*1
 このように、公務員について「労働契約」の成立を否定する考えの論拠は、公法と私法とを峻別し、公務員と国・地方自治体との関係は「公法」であるから、私法とは異なり労働契約は存在しないし労働契約法も適用されないというのです。
 この考え方によれば、民間の労働者とは異なり、公務員は労使合意によって「労働契約」が成立することはあり得ず、国や地方公共団体が一方的に「任用」するに過ぎないとされています。
 ですが、私は、この公法・私法峻別論により公務員関係には労働契約の成立が否定され、労働契約法の規定は全て排除されるという理論が、どうにも腑に落ちないのです。*2


   先日、「非正規公務員」と呼ばれる臨時・非常勤職員数が、自治体職員の3人に1人になったとの新聞報道を目にしました。全日本自治体労働組合(自治労:自治体職員など地域公共サービスの担い手である労働者によって組織される労働組合)の行った全国調査によると、「非正規公務員」数は,警察や消防、教員などを除いても30万5896人、全体に対する非正規率は33.1%にも上るそうです。
 また、調査から漏れた自治体を含めると、全国の「非正規公務員」は70万人と見込まれるそうですが、この調査に含まれない教職員でも非正規化が進行しているので、公務員全体での実数は70万人にはとどまらないでしょう。前回の2008年調査以降さらに「非正規公務員」が増加したとのことですから、状況は悪化しています。
 そして、このような非正規公務員が拡がったのは、人件費削減を意図したものですから、「非正規公務員」の給与などの待遇は正規職員よりも劣悪です(「官製ワーキングプア」という言葉で表されるとおり)。
 しかも、この増え続ける非正規公務員は、任用期間を定められており民間でいうところの有期労働契約ですが、雇用の安定の面でも、さらには待遇の面でも、「民間並み」より悪い扱いを受けます。
 たとえば、民間労働者であれば、有期雇用で働く労働者について、使用者が雇用期間満了による契約終了を主張しても、成文法化された雇止め法理(労働契約法現18条、平成25年4月1日以降19条)により、客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、雇止めが無効となり、一定の労働者保護が図られています。しかし、「有期公務員」については、現在の裁判例の傾向では、労働契約ではないとの理由で雇止め法理の適用を否定され、僅かな金額の損害賠償を認めるケースがあるに過ぎません。*3
 また、この「非正規公務員」には、平成25年4月1日に施行される労働契約法新20条(有期雇用を理由とする不合理な差別を禁じる規定)も、適用されません。この新20条は、非正規労働者(ほとんどが有期雇用の労働者)の待遇改善を図る趣旨で制定された画期的規定であり、たとえば通勤費などについて無期雇用労働者との間で差異があれば、特段の理由が無い限り不合理であるとされ是正を求めることができると解されています。ですが、「非正規公務員」にはその保護が及ばず、「民間並み」の待遇が受けられないのです。
 民間とは異なり、公務員であれば、解雇・リストラされないし、成績不良でも好待遇であるといった考え(それ自体正しいのか異論がありますが)は、少なくとも公務員の3人に1人・約70万人を占めるといわれる「非正規公務員」には妥当しません。*4
  
 同じ労働者であるのに「有期公務員」であるが故に、(正規公務員とだけではなく)民間の有期契約労働者と比べても、不安定な雇用となり(労働契約法18条の不適用)、待遇改善も求められない(労働契約法新20条の不適用)という、「民間並み」以下の現実は、公法私法峻別論だけでは正当化できないでしょう。公務員について労働契約の成立を否定し、労働契約法の適用を排除する法解釈は、見直しが不可欠だと思います。


*1 労働契約法現20条1項(平成24年12月時点。旧19条1項)は、「国家公務員及び地方公務員」を労働契約法の適用除外としています。
 しかし、労働契約法の規定のうち労働者保護に関する一部の規定は「公務員」に準用されるという見解もあります(西谷敏・根本到編「労働契約と法」〔旬報社〕第14章・城塚健之弁護士執筆箇所)。
 城塚弁護士は、一般に公法上の関係だからといって私法上の関係を当然に排斥するものではないとして、労働契約法16条(解雇)、同10条(就業規則不利益変更)などの規定は公務員にも準用されるべきと主張されていますが、実務家らしい正論だと思います。

*2 独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員の濱口桂一郎氏は、歴史的な沿革からも、公法私法峻別論は誤っており公務員にも労働契約が成立することを解説されており、大変参考になります。

*3 国立情報学研究所非常勤公務員雇止め事件の第1審(東京地判平18.3.24労判915号)では、公法上の任用関係についても地位確認を認める判断が示されましたが、上級審では否定されました。また、中野区保育園非常勤保育士解雇事件1審判決(東京地判平18.6.8労判920号)など、その後の裁判例では、地位確認を否定しつつ、人格権侵害や再任用の期待権侵害を理由とする損害賠償の支払いを命じる判決が出されています。

*4 自治体によっては、更新が年度ごとで、働ける期間を通算3年や5年に限るところもあります。こうした運用は、労働者だけでなく、仕事に慣れた熟達者を失う自治体にも、サービスを受ける市民にも不利益でしょう。なお、非正規公務員・雇止め問題などについては、筆者が朝日新聞夕刊2013年3月25日掲載「働く人の法律相談」欄に執筆しており、その原稿を本稿にも反映しています。