ロンドンからドイツへ/田中誠(事務所だより2005年8月発行第31号掲載)

news0508_small 鵜飼弁護士の文章の最後に出てくるT弁護士とは私のことですが、その後労働弁護団の一行はベルリンに向い、5月11日から14日までドイツ調査を行いました。
 1997年にも、日本労働弁護団では鵜飼弁護士の紹介するイギリス調査以外に、ドイツ・フランス・イタリアに別れて労使紛争解決システムの調査を行いました。私は、その際、ドイツ班で勉強しましたが、それ以来の再訪になりました。
 現在、わが国では、解雇・配転といった労働契約の諸問題を規律する労働契約法制立法の動きがありますが、厚生労働省からは「今後の労働契約法制のあり方に関する研究会中間取りまとめ」というのが出ており、そこで、厚労省サイドが目玉とするのが、解雇が無効であっても判決によって雇用関係を解消できる「金銭支払による雇用関係の終了制度」と、労働条件を労働協約や就業規則で変更できない場合に解雇とセットで労働条件を変更(不利益変更)する「雇用継続型契約変更制度」です。
 上記「取りまとめ」は、賛否両論併記のような形になってはいますが、厚労省サイドがこれを導入したいと考えていることは明らかで、労働法学者の一部にも導入を強く主張する人がいるとのことです。

 そして、これらがドイツ解雇制限法における「解消判決」及び「変更解約告知」をモデルにしたこともまた明らかです。
 なかでも金銭による雇用関係終了制度を推進する一部論者は、ドイツでは、解雇訴訟において早期迅速な和解により合理的解決がなされているところ、そのほぼ全部が金銭和解であって、これは解消判決の制度の存在が、和解を促進しているからであると言うのです。それら論者は、判決で勝訴しても最終的に職場復帰する労働者はほとんどいないとも言います。
 そこで、そもそも、ドイツの解雇訴訟の解決実態がいかなるものなのか、そして、解消判決のそれへの影響はどうか、また変更解約告知制度の実際の取扱・機能がいかなるものかを、労働裁判の現場実務家として検証するという目的で今回のドイツ調査が企画されたのです。
 ベルリンでは労働裁判所を訪問し、遠い州から来てくださった裁判官も含め2人の裁判官から聞取り調査を実施しました。また、ベルリンとフランクフルト(ヘッセン州)で労使双方の弁護士事務所を訪問して合計8人の弁護士から聞取り調査、さらには産別労働組合本部を訪問して聞取り調査と、さまざまな方面から聞取り調査を行いました。
 その結果、ドイツでは、解消判決や変更解約告知は、法律の条文にはあるものの実務的には殆ど使われていないことがわかりました。
 これらは、非常に例外的・限定的な場合に限り、例外的限定的な処理をする制度であって、「中間取りまとめ」及び関係する論者が自らの提案の強力な論拠に出来るようなものではないことが明らかだったのです。
 また、ドイツの解雇訴訟の実際の解決において、金銭解決が多いのは確かですが、「あくまで職場に戻りたい」という意志を持つ者は、強制執行の圧力のもとで現実の職場復帰をすることができ(日本では、不思議なことに、解雇無効の判決が出ても、使用者は職場復帰は認めず月々の給料だけ払い続ければよいことになっています)、職場に戻りたいという強い意志を持つ者の職場復帰は日本より遙かに容易であることがわかりました。実際に職場復帰を果す労働者の数も日本よりずっと多い模様です。
 そもそも、ドイツと日本では、労働裁判の実態が全く異なります。日本では2003年に起された労働裁判の件数は、仮処分759件・通常訴訟2433件のほか行政訴訟173件まで入れても合計3365件にすぎません(これでも平成元年に比べると通常訴訟は4倍に増えているのです。増えてようやくこの数字です)。一方ドイツの労働裁判所の2003年の新規申立件数は63万0666件となっています(この数字に疑いを持つ方はドイツ政府のインターネットサイトを覗いてみてください)。
 ドイツは総人口では日本の約3分の2という規模の国で、法曹人口では裁判官数は日本の7.24倍、弁護士数は5.19倍という司法の容量(但し1997年調査の数字)を持っていますが、労働裁判の件数は187.4倍なのです。不当な扱いを受けた労働者は誰も泣寝入りをしていないというのが実態だと思われます。
 ドイツでもイギリスと同様、労使が参加した労働参審が実施されており、専門の労働裁判所が大量の労働事件を解決しているのです。
 こういう違いを全く無視して、つまみ食い的に、使用者側にのみ都合のよい、超例外的な制度のみ導入しようとするとは、非常に趣味の悪い話だというのが今回の調査の結論です。

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